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第17話

“カイリ”と呼ばれた作家は、自らの血液を大量に使用し、最期に自分を描いた。 題は『R』 その題の本当の意味を知る者はすでにこの世から姿を消している。 数日間連絡の取れなくなったカイリを心配して担当者が家を訪ねたところ、失血により冷たくなった状態で発見されたらしい。 皮肉にも、彼の命をもって完成した一枚の絵は これまでに描いた繊細で美しい風景画のどれよりも高い評価を得た。 人々はカイリの早すぎる死を悲しむそぶりを見せながらも ある一つの仮説を立てる。 『この国には“リオン”という悪魔が存在している』と。 リオンは作家に乗り移っては『闇のマリア』や『R』のように独創性に満ちた作風で絵を描くが ある作家は不正だと疑われ賞の取り消し、その後自害。 ある作家は赤い絵の具を切らし、精神を病んで自らの血液を絵の具の代わりにし、失血死。 悪魔との契約の話はヨーロッパでも有名で 望みを叶える代償にその命を捧げなければならないというものだ。 そこまでして人気者になりたいものか。 作家の考えは常人には理解しがたい。 では一体『悪魔に殺された絵描き』を描いた人物は誰なんだ。 悪魔自らが出品したとでもいうのか。 今日もヨーロッパの国ではそんな憶測が飛び交っている。 次はだれがリオンに絵を描かされるのだろう、なんて もうそんなことがあるはずがないのに。 世紀末芸術とは、主にヨーロッパの芸術が盛んな地域で1890年代から20世紀初頭にかけて出回った これまでとは作風の違う絵の類を表す。 一般的に、幻想的、神秘的、そして退廃的な傾向にあるというがーーー。 カイリの絵をはじめ“退廃的”に区分されるそれは 性別による差別、異国人への差別、格差社会を当たり前に見ているこの国の人々にとって 作られた綺麗事のような絵を見るよりもずっと 心の内に刺さるものがあったのかもしれない。 だが、それの象徴となった悪魔はもうこの世にはいない。 自分が殺めた人物の描く、 酷く優しい絵に幸せを噛み締めて 誰よりも醜く恐ろしい自画像を描いて。

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