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第15話 【2年前】(4)

 5日後は、フィルターマスクが『政府』から届く日だった。2週間に一度のその日は、とても大切な日だ。仕事場にしている建物に全員が集まり、できる限り武装する。闇マーケットをやっている連中の襲撃はそこそこ多い。統制がとれていないグループは下手すると壊滅させられる。  6年ほど前にサキがこの地区のトップになってからも襲撃はあった。サキは辛抱強くメンバーをまとめ、2年近い抗争の時期を乗り切った。その甲斐あって、今はあまり襲撃はない。もっとも、油断しているところに大規模な襲撃を受けたグループはいくらでもいる。  サキは午前中のうちに、チームリーダーたちを集めてブリーフィングをした。配置はいつもの通り。搬入口にサキの第1チーム、屋上にタカダの率いる第2チーム。第3チームは車で出て、地区の入口から『政府』のトラックを護衛する。武装チームは7つあるが、その最初の3チームは精鋭が揃っている。サキはチームリーダーにかなりの権限を与えていて、新しい者を雇ったり教育したりするのは任せていた。今日は隣接の公立マーケットも閉められ、入口が封鎖されている。 「今回はなんか……不穏なんすよね」  ブリーフィング後に玄関を出ていく時、第3リーダーのミヤギはそう言い残していった。彼はタブレットをよくいじっていて、ネットの掲示板もよく見ている。人脈の広い彼は、よく公立マーケットからも情報を仕入れてくるし、闇マーケットが次にどこに出没するのかも知っていた。  サキはミヤギの言葉を流したりはしなかった。屋上にはドローン対策の金網が全体にかけてあるし、窓はすべて塞いである。  何よりも気に入っているのは、この建物は荷物の積み下ろしが屋内でできるいうことだった。トラックごと中に入ってしまい、シャッターを下ろせば防御がしやすい。戦前は図書館だった建物は、窓がある部屋とない部屋とがきっちり分かれていることも強みだった。サキが戦争で残った建物を歩き回って見つけたところだった。  昼食の後、全員が配置につく。偵察に出た第6チームからは、今のところ報告は上がってきていない。サキはいつもの通り、ジーンズの腰に無造作にグロックを差して通用口の近くに立った。  トラックが来るまであと30分。することはないが、かといって油断はできない時間帯だ。去年、西の方ではトラック到着前に建物内のチームが全滅させられ、トラックごと持っていかれた。  あと数分でトラックが到着するかという頃、屋上のタカダからトランシーバーで通信が入った。 『なあ、最近の武器マーケットの動向って聞いてるか?』  突然の話に、サキは辛抱強く乗った。 「あまり詳しくは聞いていないが、舞鶴に大きな荷物が陸揚げされたんじゃなかったか?」 『……なるほど。ちょっと気になるんだが、300メートル北の方に人間がいるように思えるんだ』 「狙撃の可能性があるっていいたいのか?」 『そういうことだ。ちらっと動いたように思ったのが気のせいならいいんだが』 「お前が見つけたのなら、気のせいじゃないだろ。位置を送ってくれ」  通話を切ると、サキはタカダがGPSと連動させた地図をこっちのタブレットに送ってくるのを待った。トラックはもうすぐそこまで来ている。  地図を見て、サキは考え込んだ。今から偵察を送っても間に合わない。  サキはグロックのマガジンとスライドを確認して腰に戻すと、片隅に置いてあった日本刀を手に取った。ジーンズに縫い付けたアタッチメントで腰にさげる。  180以上あるサキが日本刀を差して立つと、それだけで迫力がある。外を見張る新入りが、憧れの眼差しでちらりとサキを見た。  サキは意に介さず、通用口に取りつけた鉄のドアの覗き窓から外を見た。かすかなエンジン音が聞こえる。頭の中で計算しながら、サキは指示を出した。 「来たぞ、シャッターを開けろ」  少し向こうで、シャッターが開き始める。タイミングが重要だ。トラックが到着したその時に、ちょうどいい高さまで開いていなければならない。それより前でも後でも都合が悪い。  頭の中でシミュレーションをする。あの音からいくと、残り──  どこか遠くで爆発音がした。 「全員奥へ!」  怒鳴っておいて、サキは外を見ながらドアノブに手をかけた。ミヤギの運転するスバルがトラックを先導して接近している。 「早く……早く……」  わかっている。護衛がトラックを振り切るわけにはいかない。  残り100メートル。  歯を食いしばって距離を測る。その瞬間、ゴアンと空気が膨らんだ。轟音が響き、衝撃でシャッターが内側へ吹き飛ばされる。サキはとっさに覗き窓から顔を離してしゃがみこんだ。 「くそっRPGか」  すぐに身を起こし、再び覗き窓から外を見る。爆発の奥で、スバルが飛んでいた。スローモーションのように見える。サキはフィルターマスクをつけながらドアを開け、身を低くして走った。煙の奥からトラックが走り出てくる。その後ろからは、もう1台の護衛がついてきていた。 「入れ!!」  トラックたちに怒鳴りながら、落ちていくスバルを目で追う。  一回転、スバルは横ざまに地面に落ちてから逆さまになった。  サキは突っ走り、スバルの助手席のドアを引く。鋼管のロールケージで内部が潰れないようにはしてある。だがガソリンに引火すれば終わりだ。装甲をつけた重いドアを開くと、助手席からレンを引っ張り出す。それから頭を突っ込み、ミヤギに手を伸ばす。 「来い!」  ミヤギはマスクの奥で弱々しく笑った。 「足が……」 「後で新しいのを調達してやる。出てこい!」  乱暴に怒鳴ると、サキは強引にミヤギを引いた。ミヤギは痛みに顔を歪めながら、サキにしがみつく。 「あと少しだ。絶対に死ぬな、こんな……ところで」  一瞬、ためらう。もし……もしミヤギの足が潰れているなら、ここで切り落とさなければならない。だが幸いにも、ずるりとミヤギの体が抜けた。骨折はしているようだが、とりあえずまだ体に足はついている。  必死でミヤギを車から出すと、サキはその体を担いだ。驚いたことに、レンは銃を構え、辺りを警戒している。そばの瓦礫から顔を出した敵の攻撃部隊が、屋上から第2チームに撃たれて倒れた。 「おい中に逃げなかったのか?!」 「逃げるわけいかないでしょう? 後ろでサポートします!」  真剣な目で言うレンにとっさに背中をまかせ、サキは無言で搬入口へ走った。こういうときのために用意してある装甲板を、その場にいた全員が運び出している。あっという間に入口をふさぎ、即席のバリケードが出来上がろうとしていた。 「こっちです!」  チームの人間の呼ぶ声に応じて、サキは装甲板の隙間に向かった。ミヤギを押し込んで仲間に受け取らせると、後ろを向く。  レンが、ふっと沈んだ。  その背後で、襲撃者が刀を振りかぶる。  一瞬で、レンは敵の首に回し蹴りを叩き込んだ。 「レン!」  レンの鋭い視線が流れていく。瓦礫の陰から銃弾が飛ぶ。緋色の線が、レンの頬を走る。サキは日本刀を抜くと同時に飛んだ。 「走れ!」  瓦礫の上に着地して右に一閃、左にグロックを撃ち込む。3人目は屋上から第2チームが撃ち抜いた。 「戦うな! 走れ!」  サキの指示に、レンは姿勢を低くして走った。バリケードの前でこちらを向く。ぞっとするほど甘い目をして、レンはベレッタを撃った。サキの後ろを走ってきていた敵がぶっ倒れる。バリケードにサキが辿りつく。 「入れ!」  サキが怒鳴ると、レンが中へ走り込んだ。続いてサキも入る。  再び、耳をつんざく爆発が起こった。装甲バリケードが1枚吹っ飛び、爆風が中に押し寄せる。 「くそ、バカどもが」  毒づいたサキは、チームに防衛と負傷者の手当てを指示し、階段へ走った。一段飛ばしで駆け上がり、屋上へ向かう。 「どうなった?!」  ドアを開けるなり、サキは怒鳴った。タカダが振り向く。 「30人ぐらいで来ている。残り20人。あと、やっぱり300メートルほど向こうにRPGがいる」  第2チームは、屋上で散開して下を撃っていた。 「ふん、離れていれば見つからないと思ったのか」  サキは低い声で呟くと、タカダのそばに置かれていたM82に手を伸ばした。セミオートの対物ライフルだ。腹這いになり、天蓋のように覆っている金網の隙間から長い銃身を出すと、スコープをのぞく。タカダは何も言わず、同じように腹這いになると双眼鏡を目に当てた。  じっと敵を探す。タカダが静かに距離と位置を教えるのを聞き、サキはRPGを再び用意しようとしている連中を見つけた。 「……あいつら何発買ったんだ」  サキが低く呟くと、タカダが軽く肩をすくめる。 「さあな。景気よく撃ってきているとこを見ると、1ダースぐらいは奮発したんじゃないか?」 「ふん。転売屋どもめ。雑な襲撃で販売権が手に入ると思ったら大間違いだ」 「そう言うな。今やお前のライセンスペンダントは、けっこうな価値になってる。頭のいい奴から悪い奴まで、たかってくる蠅の数は増えていくだろ」  話しながら、サキはスコープの先にいる茶髪の男に狙いを定めた。そいつは次に撃つRPGの準備をしながら、横にいる男と話している。風は弱い。砂埃が消えるタイミングを計って呼吸を静め、そして──撃つ。  乾いた音から一瞬の後、茶髪の男が吹っ飛んだ。慌てたように周囲の連中が身を隠す。  息を整えて、もう一発。チームリーダーらしき男が吹っ飛んだのを確認して、サキは身を起こした。立ち上がり、腰からグロックを抜くと、構えながら下をのぞく。 「殲滅しろ」  短く言うと、第2チームの連中の銃撃が激しくなる。敵はひとりひとり確実に撃ち倒されていき、瓦礫は砂埃となって辺りを漂った。  サキが無表情に襲撃者たちを見おろしていると、傍らに静かにレンがやって来た。隣で、サキと同じ光景を見る。 「……誰かを捕まえて情報を抜いたりはしないんですか?」 「必要ない。あいつらは必ず、ネットの掲示板やらメッセージやらでやり取りをしている。既に身内がそれを辿っている。後で報告が来るから、こっちから情報を取りに出なくてもいいんだ」  レンは「なるほど」と呟いた。 「あなたは……何もかも準備しているんですね」 「別にそういうわけじゃない。ただ、ここに来た奴のために願うだけだ。俺より先に『行かない』ようにと」  サキはそれだけを言うと、タカダに後を託して下へ戻っていった。

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