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第24話 蒲田にて(13)

 目を覚ますと、部屋は光に満ちていた。カーテンが開け放たれ、コーヒーの香りがしている。  しょぼしょぼした目をこすると、(れん)はゆっくり起き上がった。ここ、どこだっけ……。  寝ぼけたまま視線を動かす。ダイニングテーブルでは、きちんと身支度をしてジャケットだけを着ていない木島が、コーヒーを飲みながらスマホをチェックしていた。 「おはよう。目が覚めたか。シャワーを浴びてくるといい。朝飯を用意する」 「……おはようございます」  のそのそとベッドから降りる。夕べ何事もなかったように、怜はきちんとスエットを着せられていた。着衣セックスが趣味なんだろうか? 一瞬そんな疑問が頭をよぎる。木島は結局、彼自身の欲望は最後まで見せなかったし、服も脱がなかった。  変な奴。  自分の服は畳み直され、ダイニングテーブルの椅子に積まれていた。それを手に取り、シャワーに向かう。  それにしても。  木島は、あの人に似すぎている。顔や話し方ではなく、しがみついた時の胸の厚さや、落ち着く匂い。それに、怜の奥を突く瞬間の動き。  何かがおかしい。殺したはずの彼が、木島に乗り移っているんだろうか。それともあの人と血の繋がりがある? 服を脱がないのも何か関係があるんだろうか。  温かいお湯を頭からかぶりながら、怜は考え続ける。  もし……もし本人だったとして、あの状況でどうやって生き延びた? 倒れ込み動かなくなった姿は、決して怜の記憶から消えない。  鮮明な情景そのものが何かのトリックだったような気がして、怜は混乱した。  確かめるにはどうすればいいだろう。  いや、本人だったとして、どうして自分に正体を隠す? あの人なら、回りくどいことはしない。正面から自分を問い詰めるだろう。なぜ撃った。なぜ殺した、と。怜の個人的な情報を引き出す必要だってないのだ。  それにあの人なら、高遠を介さず直接やってくるはずだ。  何が本当で、何が嘘なのか。  誰が生きていて、誰が死んでいるのか。  眩暈がした。今、木島といるこの部屋自体がリアルな幻覚のような気がする。自分は高遠の檻の中で、ヤバい薬をキメている最中なんじゃないか。  のろのろと身支度をしてシャワールームを出ると、木島は相変わらず、涼しい顔でダイニングテーブルの椅子に座っていた。  テーブルには、トーストとスクランブルエッグ、レタスとトマトがワンプレートに載っている。小さなカップからはコンソメスープの香りがしていた。  ぼんやりと椅子に座ると、木島は怜の向かいで自分の分を食べ始めた。  温かい朝食。 「……あんたが作ったのか」 「あぁ。大したものではないがね。食べてくれると嬉しい」 「そう……」  トーストをかじると、香ばしい小麦粉の匂いがふわりと漂った。心をリラックスさせる香り。木島にフォークとナイフを渡され、怜は黙々と食べた。  目玉焼きじゃなくて、スクランブルエッグなんだよな。  怜は考える。あの時の会話はどんなふうだっけ。 ──半熟卵って苦手なんだけど、でも黄身がもそもそになるまで加熱するのも好きじゃないんだ── ──弱火でじっくり作ったスクランブルエッグならどうだ? とろとろでうまいぞ── 「どうして、スクランブルエッグにしたんだ?」  視線を上げて木島を見る。トマトを口に運びながら、木島の目が細くなった。フォークを置き、柔らかく笑う。 「私が好きだからだ」  確認するような言い方。 「他に意味はない?」 「ないな」  それきり、会話は途切れた。少しの塩と砂糖、そしてコショウ。  どうやって、木島の正体を確認すればいいだろう。もし木島があの人だったとしたら、自分はどうすればいい?  怜は自分の思考の中に閉じこもり、木島はそれをじっと見ていた。

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