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第23話★蒲田にて(12)

 しぶしぶベッドに戻った(れん)が元の場所に横たわるのを確認してから、木島は自分も横たわった。  怜は腹いせで掛布団をひとり占めし、首から先だけを出して丸くなる。そんな怜を、木島はベッドに肘をついて頬杖で見下ろしていた。 「……2年前の中央線南は結束の固さで有名だったんだが。それを崩壊させたとは思えない子供っぽさだな」  呆れた声に、怜はむっとした顔で木島を見返す。 「うるさい。オレはあの時、そんな大それた役割なんてもってなかった」 「そうなのか?」 「大体、オレはそんなホイホイ誰とでも寝ない。どいつもこいつも、人を勝手に淫売だって決めつけて駒に使うやら言い寄るやら……」 「2年前、結局何があったんだ」 「だから言わないって言っただろ」 「引っかからないか……」  木島は苦笑すると、空いている手を怜の顔に伸ばした。からかうように頬をなぞる。 「そうやってミノムシみたいに布団にくるまっているのも、かわ……面白いんだが、暑くないのか? 賭けてもいいが、そのまま寝たら途中で暑くて布団を放り出し、明け方逆に寒くなって私の胸に潜り込んでくるのがオチだと思うが」  かっと頬が熱くなる。普段舐められないように気を張っているのに、木島にはいとも簡単に翻弄されてしまう。自分の幼さを見抜かれているのが、腹立たしくもあり恥ずかしくもある。もそもそと掛布団を広げ手足を自由にすると、怜は疲れて溜息をついた。  木島のせいで、もう物事を考えるのが面倒になってきていた。帰って眠りたい。自分のねぐらなら、少なくともこんなに精神的に疲れさせられることはないはずだ。  怜が静かになると、木島はやおら近づいてきた。怜を落ち着かせるように髪を撫で、ゆっくりと耳をなぞる。  くすぐったさに似た感覚に、怜は首をすくめた。そこが弱いことを見抜いたように指先が離れ、代わりに木島の顔が近づいてくる。耳の縁を唇だけでついばまれ、怜はぎゅっと目をつぶった。手の平が、首筋を撫でながら後ろへ回り、リラックスさせるようにさすり始める。  感じそうになって、怜は奥歯を噛みしめた。あの人も、こうやって柔らかく触ってくれた。いつも……。  だめだ。彼のことを考えたらおかしくなる。  木島が労わるように囁く。 「少し力を抜いたらどうだ? それとも君には……恋人がいるのか?」  ぎくりと体が硬直したのを感じて、木島の顔が離れる。じっと見つめられる気配に、怜は横を向いた。 「いるのか?」  木島の声に不穏な響きが混じった。 「だったらどうなんだ。あんたは止めてくれるのか?」 「いるのか、と聞いている」 「昨日会ったばかりのあんたが、どうしてそれに口を出す権利があるんだ?」 「……そう、だな」  喉に引っかかったような声で木島が答えた。 「あんたは、オレに恋人がいようがいまいが自分がやりたいようにやるんだろ? オレに構わず勝手にやれよ」  横を向いたまま、怜は諦めた口調で言った。誰が何をしようと、自分の秘密は自分のものだ。  皮肉なもんだ。怜は自嘲の笑みを漏らす。傷だけが、自分の存在を保ち続けるための唯一の手掛かりだなんて。  木島はそんな怜をじっと見ていたが、何を思ったか突然怜の両手首を掴んだ。強引に頭の上に持っていき、片手で押さえ込んで拘束する。 「いきなり何するんだ!」 「君に恋人がいるのなら、君自身の意志を無視して手酷くした方が、君は恋人に言い訳がきくかと」 「冗談だろ?! レイプなんかごめんだ。わかったわかったから! 今は誰とも寝てないし恋人はいない。これでいいか?」 「そうか」  木島はほっとしたように笑った。本当に変な奴。口では冷徹なことを言い、非情な部分を隠し持っているくせに、怜を傷つける気はないらしい。それどころか……。  Tシャツの下に手を入れられ、怜は「ひぇっ」と変な声を出した。 「やめ……」 「やめてどうする。いい加減、腹をくくれ」 「い、いやなんか、その」  脇腹を、木島の手が撫で上げていく。Tシャツの下で親指が胸の突起を探り当てた。もう何年も触られていなかった場所が、ほんの少し指先で捏ね回されただけで勃ちあがる。 「や、やだ」 「そうか? さすがに感度は良さそうだが?」  首の後ろを片手で包み込まれ、唇が塞がれる。胸をいじられながら舌を入れられ、怜の背筋がざわめき始める。  歯列をなぞられ、舌を絡めて吸われると、怜は自分が何をしているのかわからなくなってきた。腹に熱が溜まり、撫で回される感覚が快感に塗り替えられていく。  木島の唾液を味わうと、怜の体が緩む。脳より先に体が悦んで木島を受け入れようとしている。二度と味わうことはないと思った感覚が怜の細胞を目覚めさせていく。 「ん……」  思わず呻くと、木島は怜の体を抱き締めてきた。背中にゆったりと触れられ、それに応じて背中が反る。Tシャツがまくられ、胸を吸い上げられると、怜は自分の指を噛んだ。もっと。もっと舐めてほしい。あの人みたいに。思ったそばから、願いは叶えられる。舌先が突起を押しつぶし、丁寧に輪郭をなぞる。 「んっ」  歯を立てられ、怜の体が跳ねた。執拗に引っ張られ、捏ね回され、噛まれる。胸を責められながら背中から腰を撫で回されると、何がなんだかわからなくなる。  木島は片手で怜の腰を抱き、下着ごと怜のスエットを引き下げた。反り始めた芯が空気にさらされる。  声を出す間もなく、怜は木島に咥えこまれた。湿った口の中で先端を包み込まれ、腰が跳ねる。 「あ、ああっ」  久しぶりの感覚は強烈だった。舌先が、怜のこぼした雫を舐め取り、丸い先端を柔らかく愛撫する。ダイレクトに背筋を駆け上がる快感に、怜はのけぞった。  プラスチックの蓋の音が遠く聞こえる。それが何なのかを考える余裕が与えられる前に、後腔に木島の指先がぬるりと触れた。 「ま、待って」 「待てないのは君じゃないのか?」  怜から口を離した木島が、からかうように言う。 「いやちょっと」 「待たない」  次の瞬間、木島の指が侵入した。繊細な場所に直接与えられた快感が、一気に全身を走り抜ける。 「ああっ」  挿入された指は、襞の中をゆっくりと動く。トロトロとした感触が粘膜を撫で回す。細胞が目覚め、痺れるような快感がざわめき始める。  木島はゆっくりと動かした。奥のしこりを押し上げ、こすり、ずるりと入口まで引く。指はすぐに2本に増やされ、前立腺がやわやわと押しつぶされる。  たまらない感覚だった。2年間誰にも触れられていなかった場所が、歓喜に震えて木島の指を咥えこむ。  怜は霞んだ目で手を伸ばした。木島のコットンシャツが触れる。それを掴み、怜は喘いだ。指が中を掻き回すたびに甘い水音が聞こえ、怜を追い上げていく。 「あ、あああ、や、やぁん」 「本当に感じやすいな……」  浅い息で快感を逃がそうとしながら、怜は木島を見上げた。 「指、指抜いて」 「どうして?」  ぐるりと回すように中をこねまわされ、鼻にかかった声が上がる。 「あ、ああああ、ん」  さらに一層深いところをこすり上げられ、怜はのけぞった。足がはしたなく開く。太い指が3本になり、指先は怜の一番感じる場所を的確に突く。 「やだ、や、あぁ」  どうして。どうして!  会ったばかりの男相手に、体が暴走しようとしている。幻影のように昔の男の匂いが満ち、怜の脳を痺れさせる。圧し掛かる男の重みが愛しくなって、手を伸ばして肩に抱きつく。 「あ、あぁそこ」 「ここか?」 「はぁんっ」  完璧なタイミングで、あの人と同じように同じ場所を突かれ、怜の体は完全に開いてしまった。あぁ……抱いて。あの時と同じように、オレを貫いて揺さぶって。  唾液が頬を流れていく。怜の体は必死で彼の指を呑み込み、自分が感じる場所に導こうと蠢く。ねっとりと彼に絡みつく襞から、溺れるような快感が波のように脳に押し寄せてくる。 「ぁああ、いや、やだ挿れて、挿れてぇ」  黙ったまま、彼が怜の奥で指を曲げた。怜の体が跳ねる。作られた段差が感じる場所をこすり、激しさを増した抽挿が、粘膜全体をじゅぶじゅぶと擦り続ける。 「あ、あああ」 「このままイけるか?」  何度も何度も突かれ、腰が動く。全身が痙攣しはじめ、怜は朦朧と彼を見上げる。愛おしそうに見下ろす顔が近づき、首筋に唇が当てられる。 「怜。イってごらん」  所有の証のように首筋に歯を立てられた瞬間、怜は勢いよく精を吐いた。ガクガクと体が震え、真っ白い快感で首が反る。ひくひくと足首が跳ね、あられもない声が喉から漏れる。  荒い息のまま、怜の体から力が抜ける。ずるりと指を引き抜くと、彼は汗で濡れた怜の頭を撫で、こめかみに口づける。  あぁ……帰ってきてくれた。もう一度、オレを抱いて……。 「……」  怜の口から声にならない囁きが漏れた。満足そうな笑い声が遠く聞こえ、怜は気絶するように眠りに落ちた。

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