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第66話 【2年前】(43)

 レンが2階に向かうと、サキは深呼吸をした。思った以上にタカトオはレンを侵食している。作戦はうまくいくだろうか。その辺は賭けだった。とにかく、打ち合わせなしで全員がすべてのタイミングを揃えなければならない。  キッチンへ向かい、冷蔵庫の下に付属している蒸発トレイを引っ張り出す。タカトオとの夕食の場でかっぱらったフォークの代わりに、そこには小さなビニール袋に入った車の鍵と、南京錠を開けるためのピン、そしてマスクが入っていた。こちらに潜入しているサキの配下は何人もいる。その誰かを部屋に入れるために、サキはわざとカトラリーを盗んだのだ。  配下の者はフォークを見つけることで、その場所をもう一度捜索されることのない「安全な場所」にした。その上で作戦に必要な物を入れていったのだった。  それらをジーンズのポケットに突っ込むと、次はトイレへ行く。レンが2階の支援物資倉庫に入った直後に作戦は開始されるはず。急がないと。  トイレの後部の水タンクを開ける。水の底に手を突っ込み、パンの袋を引っ張りだす。中には銃が入っていた。  これも例の夕食で調達した物だ。タカトオが挑発に乗って銃を撃った時、サキとレンはテーブルの下に潜り込んだ。そこでタカトオが天板の裏につけて隠してあったバックアップの銃を見つけ、咄嗟に持ってきたのだ。すぐに気づかれるかとも思ったのだが、タカトオはバックアップに気が回っていないらしい。  実のところ、チャンスがあればこの銃でタカトオを撃ってやろうかと思ってはいた。だからサキは、部屋に戻ってすぐには隠さなかった。ところがタカトオは間抜けにも一晩気づかなかった。サキは作戦を変え、今、この時まで隠すことにしたのだ。  ナイフは、銃を隠すためにカモフラージュでタカトオに見つけさせた。人間、物が見つかった瞬間は安堵するものだ。駆け引きが厳しければ厳しいほど、何かを見つけると他のことが考えから抜け落ちる。サキはナイフとフォークを使って目的の物を隠していた。  もちろん本来の目的にも使っている。サキは玄関近くへ行き、見張りの様子を伺った。かつん、かつん、という足音が近づいてきている。キッチンへ戻って水音を出すと、サキは覗き窓の死角に身を潜めた。  早く来い。  ゆっくり近づいてきた足音がドアの前で止まり、覗き窓がカタンと鳴る。閉まると同時に、サキは首から伸びる鎖を力一杯引いた。ナイフで切り込みを入れておいた天井のロープが切れ、端が手に落ちてくる。サキは素早くロープと鎖を結ぶ。これでよし。  レンはどこまで行っただろう。階段の検問を抜け、2階に辿りつく。通路を歩いて……。自分の配下の人間がスパイとしてあちこち探り、何らかの施設について報告してくるたびに、サキはネットで建物の外見やざっとした見取り図を調べていた。このマンションもそうだ。戦前の様子がストリートビューに残っていて、サキは構造をあらかじめ見ていた。  それに、ヤシマはサキの考えをよく読んで行動する。この6年、ヤシマは常にサキの副官として、動きを先読みして動くことに長けていた。  洗面所へ走り、鏡を見ながら首の南京錠にピンを突っ込む。残り何秒だ? 焦るな。こんな簡単な構造。  あと少し。階下を思い浮かべる。レンがドアを開け、中に入る。そこにいるサキの配下と顔を合わせる。  首輪から鎖が外れると同時に、サキはバスルームへ走った。あそこが一番安全だ。ドアを開け、空のバスタブに飛び込む。  間一髪、轟音と共にバルコニーに面したガラス戸と壁が吹っ飛んだ。  建物全体の揺れ具合からいって、ヤシマはタカトオの寝室辺りにも一発撃ちこんだな、とサキは思った。気のきく男だ。のんびり寝ていた奴の脳天にうまく突き刺さってりゃいいんだが。  まぁそれは期待しすぎだろう。多分グレネードランチャー、そんなに有効射程は長くない。狙いはどうしても荒くなる。  爆発が収まると同時に、サキはマスクをした。洗面所を走り抜けざまにタオルを数枚引っ掴む。鎖の端を拾うとリビングに戻り、ロープの状態を確認する。自分のチームメンバーが優秀すぎて、ニヤニヤ笑いが止まらない。ロープの窓側の端は、見事に天井に固定されたままだ。  カトラリーを探しに来た奴は、部屋の状態を正確にヤシマに伝えてくれたわけだ。  玄関ドアが勢いよく開けられた。 「うわぁ!! 穴開いてるじゃねぇか!!」  振り返って、群がって入ろうとしてくる見張り達の足元に一発! 殺さずにいてやると言った。約束は守ったぞ。ニヤリと笑うと、サキは風通しのよくなったバルコニーへ向かって走った。タオルで包むように鎖を握りしめ、サキは一気にマンションを飛び出した。

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