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第67話 【2年前】(44)

 こんな大掛かりな作戦だなんて聞いてない!  爆発の瞬間、レンはそう思った。ド派手な音が地響きを立てて頭上で響き、レンだけでなく、部屋にいた全員が床に伏せている。  せいぜい、味方が階段の検問を言いくるめて突破させてくれる程度だと思っていたレンは、何をしにここに来たのかを忘れ、しばらく呆然としていた。気づけば、物資を整理していた係のひとりが、そっと袖を引っ張っている。目が合うと、その人はレンに紙袋を押しつけた。それで終わり。その人は紙袋から手を離すと、パニックに陥ったふりをしてどこかへ行ってしまった。  え……?  レンは紙袋を覗く。銃が一丁?!  唇を引き結ぶ。つまり、この爆発で全員が動揺しているわずかな間に動かなければならない。  そういうことか。レンは紙袋を持ったまま立ち上がり、部屋を出ると全力で階段へ走った。下り口にひとり。爆発音に気を取られ、上を見ている。レンは走る勢いそのままに壁を蹴り、高々と飛ぶ。回し蹴りを一発!  昏倒した男に目もくれず、レンは共用階段へ踏み出した。銃を抜き、スライドを引きながら駆け下りる。踊り場で折り返して手摺を掴み、すべての段を飛ばして1階へ着地。バネを効かせて見張りのひとりの顎に頭突きをかまし、瞬時にそいつの首を掴み、向きを変える。  エントランスホールに銃声が響く。レンは頭突きの衝撃でふらふらする男を盾に、自分も撃つ。ひとり! 身を返してもうひとり!  盾にした男を突き飛ばし、レンはホールを駆け抜けた。床のパネルが銃声に割れる。正面の強化ガラスを撃つ。砕け落ちるガラスに、門番が2人顔を覆う。ひとりの腹を蹴り、閃くようにもうひとりの首を蹴る。  鮮やかに入口を突破して、レンはマンションを走り出た。目の前にミニバンが止まる。 「乗れ!」  開いた窓からサキの怒鳴り声が響く。ドアを開け、レンは飛び込むように助手席に乗り込んだ。 「ズラかるぞ。2階の連中だけ排除しろ。外回りは撃つな!」  サキが勢いよくステアリングを切った。レンは窓から身を乗り出す。2階にアサルトライフルを構えた男が3人、それに、タカトオの直属の部下らしき男がのぞいている。1階エントランス横には、外を巡回していた奴が2人、まだ来る!  一気に銃を撃ち、レンは2階のアサルトライフルを排除した。指示を出していた直属の部下だけが、すっと姿を消した。 「右折する、頭引っ込めろ!」  咄嗟に車内に戻ったとたん、車は廃墟のコンクリートを掠めるように曲がった。ホームレスが数人、あんぐり口を開けて見送っている。  マンションが見えなくなり、レンは溜息をつく。サキはそのまま車をかっ飛ばし、腰から銃を抜いてレンの膝に放り出した。 「ひとり逃がしました」 「構わない。多分追手が来る。まくまで警戒頼む」 「了解」  銃の状態を確認する。USPのグリップはレンの手に馴染まないが、この際贅沢は言っていられない。  強烈なスキール音が響き、さっき曲がった角にGT-Rが現れる。 「来ました」  サキはバックミラーをちらりと確認した。 「やべ、速いので来たか」 「ですね。なんでこの車なんです」 「文句言うな。用意してもらえただけありがたいんだ。タイヤ撃てるか」 「やってみます」  冴えた頭で、レンは再び窓から上半身を出した。まずはフロントガラスに一発。真っ白いクモの巣のようにヒビが広がり、運転手がひるむ。車の姿勢がブレ、蛇行したところでタイヤを狙い、レンは見事に左前輪を撃ち抜いた。甲高いブレーキ音、サキが後輪を振り回して左折し、視界から追手が消える。激突音が空に響いた。  車内に戻ると、サキがにんまり笑っている。 「やるじゃないか。後続は救出チームがなんとかしてくれるはずだ」  その言葉に答えるように、後ろの方でさらに爆発音がした。ひとまずは逃げ切ったということか。レンは背もたれに体を預け、ほっと息を吐いた。 「どうやって味方と連携取ったんです?」 「フォークとナイフを盗んだだろ。あれを探しに来たメンツに身内が混ざってたんだ。フォークを見つける代わりに、車の鍵と計画のメモなんかを入れて行ってくれた。後は、俺がいつ部屋を出るか決めて指示するだけという状態だった。で、お前が寝てる間に電気を点滅させて外に時間を指示した」 「なるほど……2階からエントランスまでの突破、オレのこと試しました?」 「いや、救出チームが狙撃銃でお前の動きを追っていた。入口横にいたのは外を巡回してた敵じゃなく、うちの救出チームだった。お前はこっちから助けに入る前に、ひとりで突破して出てきちまった。ものすごい腕だな」 「そう……ですか?」  運転しながら、サキは片手を伸ばしてレンの膝をぽんぽんと叩いた。 「もっと自信を持っていい。お前は自分で思っているより、遥かに優秀なんだ」  サキは真っ直ぐ前を見たまま、嬉しそうに言った。 「とにかく、服を着替えたいし、まだ行かなきゃいけない所がある。怜、付き合ってくれるか?」 「ええ」  逃げ切れたのだろうか。自分は本当に、父親の頸木から逃れられたのだろうか。  あんなに簡単に?  タカトオの哄笑が聞こえた気がして、レンの体に身震いが走る。黙ったまま、レンは窓を閉め、外の音を締め出した。

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