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第69話 【2年前】(46)
サキが乗り換え用の車の場所を調べ、これから向かう場所へのルートをあれこれ検索しているうちに、レンは戻ってきた。助手席へ戻ると、ビニール袋に頭を突っ込んでサキに頼まれた物を引っ張り出している。
「すまん、ちょっと開けてもらえるか」
おにぎりを指差しながら、サキは電話をかける。レンはまたも、番号を滑らかに打ち込むのが信じられないという顔をして横に座っている。
「田嶋か。受け取った。ありがとう」
『いや、何でもない。無事に脱出できてよかった。今どこだ』
「所沢だ。次に言うものを頼む。まず宿。前橋かその周辺で確実に今夜泊まれるように予約を頼む。ツインでもダブルでもいい、男2人で。今日の昼には部屋に一旦入って仮眠できるように交渉してくれ。つまり、チェックインが今日の昼12時、チェックアウトはホテル側のルールで構わない。次にスマホ用に、ハンズフリーのデバイス。それから明日の朝までに、調整済みの狙撃銃。豊和M1500辺り。単眼鏡と双眼鏡、距離測定器。それとヘリコプターを用意してくれ。作戦の細かいところは決まり次第……メールの方がいいか。俺はこれから移動する。何かあればこの番号に連絡を」
『了解した』
通話を切り、おにぎりを受け取ってかぶりつく。時間は8時になろうとするところだ。ぺろりと一個平らげると、サキは次の相手に電話をかけた。レンは黙ってサンドイッチを食べ、お茶を飲みながら会話を聞いている。
コール一回でエトウは電話に出た。
「翔也、待たせてすまん。状況は?」
『こっちは全部できてる。あとはお前だけだ』
無駄が一切ない会話は心地いい。
「よし。俺はこれから前橋へ移動する。ちょっとした交渉をして、今夜はそのまま一泊。明日作戦開始だ。タカトオのケツを引っ叩いてそっちに追い立てたら、速攻で戻る。いいか?」
『なるほど。今回お前が北にほいほい行ったのは、それが狙いだったか』
「そういうことだ。明日の夕方には終わらせる。頼めるか」
『了解。薫、楽しみ過ぎるなよ』
「お前もな。終わったら飲みに行くぞ」
電話の向こうでエトウが笑った。
『正直なところ、酒なんてずっと飲んでないから、だいぶ弱くなった気がする。薫。お前は?』
「そうだな。俺もずっと飲んでいない」
エトウが不意に静かな声で言った。
『終わったら、東京にもう一回スタバ呼ぼうぜ』
「……スタバ?」
『そう。俺は抹茶フラペチーノが懐かしいんだ。田嶋も呼んで、3人でだらだら飲む。どうだ?』
サキは微笑んだ。エトウの奴。
「いいな。でも今の東京じゃ、治安が悪すぎて出店してもらえないんじゃないか?」
『ま、その辺は俺らでなんとかすればいいんじゃないか? そういや大学時代、付き合ってた彼女にスタバの限定タンブラーをプレゼントしたことがある。猫がついたやつ』
「へぇ……翔也、その話なんで今まで黙ってた。彼女はどうなったんだ」
『タンブラーは気に入ったらしいんだが、俺は気に入ってもらえなかったみたいで、半年で別れた。あいつ普通にタンブラー使ってやがんのに、別れたら徹底的に俺を無視したんだぞ』
「そりゃ……話したくないわけだ」
『傷つくわ~』
声を上げて笑う。
「とりあえず、スタバのコーヒーがまた飲めるまでは死なないでくれよ」
『それは俺のセリフだ。薫。何をしてもいいが、戻ってこいよ』
「あぁ」
通話を切り、エンジンをかけながら前を見る。
スターバックスの名前は、『白鯨』の登場人物が由来だ。エトウはあのリストを読み解き、統括ペンダントの場所を突き止め管理下に置いている。
持つべきものは友だな。
センターコンソールのポケットにスマホを置くと、サキは微笑みながら車を出した。
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