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終話
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女性ばかりがいるカフェに男二人はよく目立つ。案の定、色を乗せた視線があちこちから飛んで来るが、お互いにそれを気にすることは全くない。
「なに、その不満そうな顔」
何も言わずにただジトリと見ていると、目の前の男の綺麗な瞳が僅かに細められた。
「不満に決まってんだろッ。殴るだけならまだしも、しっかり骨まで折りやがって!」
ギプスを嵌めた腕をかざして見せつけるが、まるでマネキンを相手にしているかの様な手応えに歯噛みする。叫んだことで、切れた口端の傷がまた開いたしマジで最悪だ。
「仕方ないだろ、お前はやりすぎた」
「でも、少しなら触るのも仕方ないってお前が!」
「誰が胸まで舐めろと言った? 尻まで触れと言った?」
「ぅぐ……」
表面上、表情は変わっていないように見えるし声の抑揚もあまりないが……付き合いが長ければこれが心底キレている状態だと分かってしまう。
なんたって俺たちは、一緒に暮らしたことは無いとはいえ腹違いの兄弟なのだから。
「時也、俺は『脅かす程度』と言ったんだ」
「チッ、分かったよ悪かったよ! あの時はちょっと興にのっちまったんだ。でも腕までへし折ったんだからもう良いだろ!?」
昔から、コイツに逆らうと碌なことがなかった。見た目にそぐわず暴力は平気でふるうし容赦がない。その上裏と表を上手く使い分けてくれるから、敵に回すには恐ろしすぎる相手なのだ。
祥二からは訳の分からない指示が飛んで来るが、その代わり見返りはきちんとくれるから、大抵のことは黙って動いておいた方が吉と出る。が、今回は少しやり方を間違えた。そしたらもう、本当に容赦なく骨を折られた。あの新一とかいう地味な男は、俺にとって大凶中の大凶だ。
だって、持って生まれた美貌と頭脳で誰も彼もを虜にしてきたこの悪魔のような男が、まさかベータの、それもあんなにも冴えない男に執着してるなんて思いもしなかったのだ。
指示された通り、バースの出会い系専用バーに行けば一人でポツンと謎の香水を身に纏って座っている新一を見つけた。
想像以上にベータ臭の強いあの子を誑かし、ホテルに連れ込み、少し脅してビビらせる。そうしてアルファやオメガに持つ興味を失わせる。それが俺に課せられたミッションだった。
でもホテルで新一を縛り上げたところで、なんだか雰囲気も相まって下半身にムクムクと元気が湧いてきた。だからちょっと、ほんのちょっとだけ遊ぼうかな、なーんて思った時にはもう後ろから俺の首に腕が回っていて……意識は直ぐに闇に落とされていた。
意識を落とされた俺は、どうやらそのまま風呂場に押し込められていたようで。目を覚まして部屋を覗き込んだ時にはもう、新一は初めてであっただろう尻に、しっかりと祥二を咥え込んで揺れていた。
『あっ、あ゛っ! ぁあっ! あうっ!』
目隠しは外されていたがその視線はどこにも定まっていない。
ガツガツと容赦なく腰を押し付ける祥二に、必死にしがみついてヨダレを垂らし喘ぐ新一は、もはや白目を向いていてまともな状態じゃなかった。
でも、そこで声をかけようものなら……俺の命が危うくなる。これは比喩でもなんでもなく、マジで。
「これ、お前にあげる」
祥二がゴミのように投げて寄越したのは、ピンク色をしたハート形の香水瓶。
「あ? こんな色あったか?」
「それは新一が持ってたやつ」
「ああ、オメガバージョンか。ってうわ!」
オメガの擬似フェロモン香水に気を取られていると、今度はグリーンのハートが投げて寄越された。
「なに、もうコレも使わねぇの?」
「いつもの匂いの方が好きって言ってくれたからね」
祥二にめちゃくちゃに抱き潰され喘ぎながら、繰り返し口にしていた新一を思い出した。
一体誰が、こんな完璧な男にアルファ以外の性を当てはめるだろうか。俺だって、身内で無ければ何度言われても疑っていたに違いない。
「お前、バレたら新一くんに縁切られるんじゃね」
「俺は今まで一度も、自分をアルファだなんて言ったことはないんだよ」
そう言って笑う顔は、どこからどう見たってアルファでしかないのに。
「さあ、新一はいつ気がつくかな?」
感じ取れたと喜んでいた香りが実は偽物で、影響を与えたと思っていたものも全く意味を成していなくて。
互いの触れ合いが、単なるベータ同士で興奮しあった上でのセックスだったなんて。
───それじゃあただの……
祥二と別れた後、俺はポケットに入っていたハート形を三つ。道端のゴミ箱に投げ入れた。
アルファである自分がアルファフェロモンの香水を使う機会など、この先二度とないだろう。
★☆コレであなたも素敵なアルファ!☆★
第二性擬似フェロモン香水に、ついに待望のアルファ性が登場!!
〜香りは選べる3種類〜
◇甘さと大人なほろ苦さのカラメルホワイトバニラ
◇爽やかさと微かな甘さ香るシトラスグリーンハニー
◇華やかでゴージャスなバリュアブルクリスタルムスク
2021年11月5日発売☆
END
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