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第298話「忘れてた」*奏斗
「何で、誰も曲入れてないの?」
そう聞かれて、小太郎が「原島が彼女出来たとか言うからその話してて」と答えると、斎藤は笑顔になって原島の顔を見つめた。
「そうなんだ、良かったなー?」
「おーサンキュ。あ。来た」
「ん?」
「無事家に着いたって連絡」
スマホを見てホッとしたように笑うと、原島はテーブルの上にスマホを置いた。
「なんかあれなんだよね、今までも一人で帰ったり色々してたのは分かってるんだけどさ。彼女になったら、守らなきゃとか思っちゃうみたいで、一気に心配になっちゃってさ」
「へーーそういうものなんだ」
のんきに答えてる小太郎の隣で、んー、とオレは考える。
四ノ宮の「一緒に帰ろう」は「心配」からきてる気がするんだけど。そもそもオレは女じゃないし。四ノ宮の彼女でもないんだし。
やっぱり、今日も、わざわざ合わせて一緒に帰んなくても良いよな。あいつ、オレに対して、過保護すぎるんだよ……。オレ、大丈夫だし。
……とりあえず歌っとこうかな。
「次、曲入れていい?」
「いーよー」
翠がタブレットを渡してくれるので歌いたい曲を入れてから、立ち上がってマイクを手に取った。
ここに、また四ノ宮が居るんだよな。
焼き肉屋の隣だから、あっちも、皆で行こうってなるのも、分からなくはないんだけど。
……もうとにかくなんか、四ノ宮はオレと居すぎ。だと思うんだよ。
これ歌い終わったら、やっぱり別々に帰ろうって言おう。また明日会えばいいじゃんって……。
そう決めるのだけれど、前奏の間、なんだかなぁ、と息をつく。
だってさ、これで明日は、スーツを作りに行くことになっちゃってるしさ。
週末のゼミ合宿だって、あいつと現地まで車で一緒。オレ、小太郎や翠たちと行けばいいのに。あいつも一年同士で行けばいいのに……。
……オレも、なんだかんだ言って、全然ちゃんと断れてないからいけないような気がしてくる。
再来週はパーティに出なきゃいけないし。……てかそれも別に出なきゃいけないってわけじゃ無いんだけど、葛城さんにお礼を言いたいのもあって軽くOKしたら、スーツまで作ってもらっちゃうことになっちゃったし……出ないわけにはいかないような……。採寸のところに葛城さんが来るならそこでお礼を言って終わりにしても良かったんじゃ……。
ん? ……お礼……?
「……あっ!!!」
やば――――……。
今日葛城さんへのお礼、買いに行こうって言ってたの、完全に忘れてた。明日は学校帰りに待ち合わせて、そのまま行くって言ってたのに。
マイク越しにめちゃくちゃおっきく発音してしまったら、皆、びっくりした顔でオレを見る。今、何時?と時計を見ると。まだ二十二時の閉店までは時間がある。
「ごめん、オレ、急用。買わなきゃいけないものがあったの思い出した。先帰る。ここのお金……」
「明日でいいよ。大丈夫?」
「大丈夫、まだ間に合うから。じゃあ明日、いくらか教えて」
「分かったー気を付けて」
「また明日ー」
「うん、ごめんね!」
オレは、荷物をひっかけて、それから、出口に向かいながら、四ノ宮の電話を呼び出した。コール音が鳴ってすぐ、四ノ宮が出た。
『もしもし?』
「ごめん、四ノ宮、お酒買うの忘れてた」
『ん? ……ああ、葛城の?』
「今から買いに行こうと思うんだけど……」
『……まだ間に合うか。了解、一緒行く。今どこ?』
「カラオケの受付のとこ」
『待ってて、出るから』
電話が切れて、ほんの少し。
急いでる足音が聞こえて、四ノ宮が姿を見せた。オレを見つけると、ふ、と微笑む。……無駄に、イケメンなオーラを振りまいてて、受付に居る店員の女子達が、ものすごい見てる気がするけど。
「奏斗」
「……ごめん。付き合って」
……さっきまで別々に帰ろうって言おうと思ってたのにあほみたいオレ、と思いながら言うと。
四ノ宮は、オレを見て、ふ、と微笑む。
「全然いいよ、行こ」
間髪入れずに頷いて、四ノ宮がオレの腕を引く。そのまま背をとっても軽く押されながら自動ドアを抜けて、駅の方に一緒に歩き出した。
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