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第301話「王子様の笑顔じゃない」*奏斗

「撫でんなってば」  そう言うと、四ノ宮は、はいはい、と手を引いて、でも笑ってる。  なんか。  ……あやされてるみたいで、ムカつく。 「……オレ、先輩なんですけど」 「そんなの分かってますよ?」 「分かってる気がしないんだけど……」  む、と睨むと。 「そう? ちゃんと先輩って思ってるよ?」 「……そう?」 「うん」  クスクス笑って、四ノ宮が頷いてるのを、まだムッとしたまま眺めていると。 「……あー、でもそっか。そう言われてみたら、先に卒業しちゃうんだよね、奏斗」  そんな当たり前のことをしみじみ言いながら、んー、と唸ってる。 「まだ三年あるとは言っても……あ、そうだ。留年するっていうのはどう?」 「……はい?」 「ゼミ、一緒の学年で入れるじゃん」 「……なんのお誘いだよ。絶対やだ」 「えー。良いじゃん、別に」 「やだ」  そう言うと、四ノ宮はちょっと眉を顰めてオレを見つめてから。 「……まあいいか。あそこに住み続けててくれたら、奏斗が先に働いててもまあ、別に……」 「――――……」  オレはさっき、夏休み明けすら一緒に居るかなと思ったのに、なんか四ノ宮は、オレの卒業後の話してるし。……思わず、ぷっと笑ってしまった。 「何?」 「……ん、いや。……ていうか……」  不思議そうな顔してオレを見てくるのが、なんだか余計におかしく思える。 「四ノ宮って、そんな頃までオレと居るつもりなの?」  そう聞くと、四ノ宮はまっすぐにオレを見つめて、唇の端を少しだけ上げて笑った。 「離れる気、無いよ」 「……」  帰ってきた言葉に、なんだか返答に困る。 「ずっとご飯作ってあげるし、一緒に寝てあげるし」 「……あげるって……頼んで無いよ」 「いつでも頼んでいいよ……まあ頼まれなくても、居るけど」  もう、ほんと。  こいつは何を言ってるんだろ、と思うんだけど。  ……繰り返し、ずっと居るって言い続ける四ノ宮に、なんだかすごく……。  何だろう。  …………何とも言えない、気持ちになる。  そんなオレの心の中を知ることもない四ノ宮は、んー、と呑気に腕を伸ばした。 「……なんか疲れた。早く帰って、ゆっくりしよ?」 「何ゆっくりって……じじーか」  クスクス笑うと、四ノ宮も笑いながら、「あんたより若いですけど」とからかうように言ってくる。 「たった一年じゃん」 「つか、さっき年上だみたいなこと言ってませんでしたっけ」 「年上を撫でんなって言っただけじゃん。年取ってるって言ったわけじゃないし」 「年上でも可愛ければ撫でて良くない?」 「――――……」  可愛ければって。  もう本当に意味、分からない。  黙っていると、四ノ宮はクスクス笑った。 「まあ、嫌だったら言って? 一応考えるから」 「一応って……ていうか、もう言ったよね、オレ、撫でんなって」 「そうだっけ?」 「言ったし」  むむ、とむくれながら眉を顰めてると。ふ、と笑んだ四ノ宮の手が伸びてきて、頬に触れて少し摘ままれる。 「そういう顔してんのも、可愛いけど?」 「……今オレ怒ってんだから、可愛いって言うなよ。てか、だからもう、ぺたぺた触んなってば」  顔を振って四ノ宮の指から離れようとしていると。 「怒ってても、なんか可愛いよね。面白いし」  クッと笑い出しながらオレから手を離すと、そのまま自分の口元押さえて……隠してるつもりなのかもしれないけど。もう明らかに、笑ってるし。 「何が面白いんだよ。こっちは、もうお前の言うこと、全部ずーっと意味分かんないし」  四ノ宮に食ってかかるけど、四ノ宮は、ずーっと笑ってる。  ……いつからだっけな。  こいつが、こんな風に、笑うようになったの。  話すようになった頃は、眉間にしわを寄せて、仏頂面して、舌打ちしてるみたいなのが、デフォルトみたいな感じだったのに。  「王子様の笑顔」とは違う。  笑いたいから、笑ってる、みたいな。  そんな顔して笑うから。  ……何かオレもため息つきながらも。笑ってしまう、気がする。  

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