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第324話「勘違い」*奏斗
最後のお湯を落として、あとは待つだけ。
ぼー、と落ちていくのを見つめる。
名前、なんにしよう。
……四ノ宮に似てるけど。でも四ノ宮よりずっと可愛いよな。何か無いかな、良さそうな名前。
うーん。何か、ぱっと浮かばないなぁ。何がいいかな。
と、悩んでいる間にコーヒーが淹れ終わった。コーヒーの粉を捨てて、後片付けをしてから、スマホと鍵とコーヒーだけ持って、外に出た。
チャイムを鳴らすと、そんなに待たずドアが開いて、四ノ宮の笑顔。
「あのさ、鍵開けて入ってきてくれてもいいからね? って別に開けに来るのが面倒って言ってる訳じゃないけど」
とか言われる。でもなんか、なんとなく変な気がして、鍵は使えないしなーと思いながら、四ノ宮を見上げる。
「いいじゃん、居るんだし」
「別に良いんだけど、自分ちみたいにしてくれていーのに」
「てか、自分ちじゃないし」
苦笑して答えながらリビングに入ると、マグカップがふたつ、カウンターに並んでいたので、そこにコーヒーを注いだ。
「良い香りする」
「ん。でしょ」
隣に立った四ノ宮に穏やかに言われて、ふ、と顔が綻ぶ。
「やっぱり挽きたての方が香り強い気がする。ミルがついてるコーヒーメーカーもあるけど、なんとなく手で挽いた方が良い気がして」
「ん。そんな気がするね。奏斗が淹れるコーヒー、好きだし」
言いながら、牛乳を冷蔵庫から出してくる。
「牛乳あっためる?」
「ううん。コーヒー熱いから、冷たくていいよ。少し入れるだけだし」
「ん」
四ノ宮が牛乳を入れてくれるのを見つめていたら、ふと思い出した。
「そうだ。名前つけようと思って、考えてたんだよ、さっき」
「……ああ、ぬいぐるみね」
クスクス笑いながら、牛乳を冷蔵庫にしまって、オレに視線を向けてくる。
「良いの思いつきそう?」
「んー……まだ」
スプーンで混ぜてから、コーヒーを持って四ノ宮がオレを振り返る。
「ソファとテーブル、どっちがいい?」
「んー……ソファ」
「ん」
四ノ宮がソファの前のローテーブルにコーヒーを並べて置くのを見ながら、ソファに腰かけると、オレは、置いてあったぬいぐるみを抱えた。
「……そういえばぬいぐるみに名前つけるとか、初かも」
「オレはたぶん人生で未経験のまま終わりそうだけどね」
ぷぷ、と可笑しそうに笑って、四ノ宮はオレを見つめる。そのまま、手が伸びてきて――――……。
ぽんぽん、と、オレが抱えているぬいぐるみを撫でた。
そのまま、四ノ宮は、コーヒーを手に取って、飲み始めたんだけれど。
……オレは。
「――――……」
…………今、自分が撫でられるのかと、思った。
なんか。
……だから撫でるなってば、とか。咄嗟に言葉が浮かんで、身構えて。
そんな自分の咄嗟の反応にびっくりして。
そんな勘違いが、ものすごく恥ずかしくなって。
「……オレ、ちょっと、トイレ」
「ん? ああ……」
ちょうどコーヒーを置いた四ノ宮が、何気なくオレを見ながら頷いた。
オレは、抱えてたぬいぐるみを、自分が座ってたところにぽふ、と置いて、立ち去ろうとした。
「奏斗?」
とっさに手首を掴まれて、何で止めんの、と眉を顰めながら、四ノ宮を見下ろしてしまった瞬間。なんだかすごく不思議そうな顔をした四ノ宮に、引き寄せられた。
「どうしたの?」
「……っなに、が」
「……顔、赤いし。なんか……」
「――――……っ」
ぐい、と引かれて、気付いたら、ソファに組み敷かれてて。
「……なんか、すげえ可愛い顔してるけど」
熱い、と感じる視線に。
もう意味が分からなくて。
「トイレ……」
「……トイレじゃないよね。何考えたの?」
「…………っ」
「……逃げないで答えてよ」
もうほんとに。
嫌だ、こいつ。
……あと。
オレも、嫌だ。
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