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第323話「期待なんて」*奏斗

 四ノ宮と別れて、自分の部屋に帰る。  鍵を棚に置いて、電気をつけた。 「ただいま……」  一人暮らしを始めた最初、自然と挨拶を口にしたのに気づいた時に、虚しいかなぁと思ったけど、なんとなく言うことに決めた。  部屋に向けて言うような。でも自分に向けて言うような。そんな気持ちで。  よし、出よう、頑張ろうっていう、いってきますと。  無事帰ってきたっていう、ただいま。あとはいただきますとか、ごちそうさま。  ……最近。ずっと四ノ宮の家に行ってて。  ちょこっと寄るだけとかだから、言わなくなってたかも……。  ……代わりに、四ノ宮の家で、ずっと言ってる。 「――――……」  ぽり、となんとなく後頭部を搔きながら、部屋の中に進む。  ……先に風呂、入ってから、コーヒー淹れよ。  そう思って、部屋着と下着を持って、バスルームへ。  シャワーを浴びて髪を乾かす間にお湯を沸かした。  豆を挽いて、ペーパーフィルターに入れる。  椅子に座って、ふーと一息。  ゆっくり、お湯を落とす。  コーヒーの、イイ香り。  一人の時は、おかわり用に、二杯分入れた。なんとなく、ぼーっとして、二杯目を飲むことも多かった。  最近は。ずっと。……二人分。  二人だと――――……暇だから二杯目て感じにならないから、おかわりもしない。淹れてる量は変わらないんだけど……なんだか、全然、違う。  どうしてあいつは、あんなにオレに、近いんだろう。 「何だかなー……もー……」  変な奴……とすごく思うのに。  ……その変な奴と飲むコーヒーを、淹れてるオレ。  少しずつお湯を落としてその様を見つめる。  ――――……「今」が、楽しければいいと思ってた。  今が楽しくないのに、未来なんて楽しいわけがない。  友達と遊んだり。クラブでその時だけの気持ちいい関係を、楽しんだり。  ゼミで、頑張って勉強したり。  日々、楽しいと思うことを頑張る。  そうして、楽しい日々が続くなら、未来もきっと楽しい。……はず。  そうすることに決めた。  考えても無駄な未来なんて、期待しない。  他人にも、期待は、しない。  他人がどうこうじゃなくて、自分が楽しいと思うことだけを続けていけば、オレは、幸せで居られるんじゃないかって。   「――――……」  ……期待なんてしない。  なのになんかオレ。  四ノ宮の、ずっと居るっていう、セリフがずっと引っかかってる。  居る訳ないのに。今居るだけで。その内居なくなって。  彼女とかできたり。もしかしたら結婚の話とか出てきて。……なんなら、割とすぐ、居なくなるんだろうって、思ってるのに。  ……適当にスルーして、無視しとけばいいのにな……。  ブー、とテーブルの上でスマホが震える。  お湯を落としてからポットを置いて、スマホを確認すると。 「奏斗、あとどれくらいで来れる?」  そのメッセージの後に、ポン、と送られてきたのは。  リビングのソファに座らされているぬいぐるみ。 「こいつも待ってる」  なんて言葉が入ってくると、ふ、と苦笑が浮かぶ。 「あと少しでコーヒー入るから、行く」  そう入れると、了解、のスタンプ。 「待ってる」  なんか。  その短い言葉も。  やけに、目に、残る。

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