330 / 542

第334話「可愛いじゃなくて」*大翔

「――――……」  咄嗟に動いて、抱き締めてしまったオレに、奏斗は最初固まってた。少し時間を置いてから、オレの両腕に手を置いて少しだけ距離を置いた。 「……顔見てちゃんと話すから」 「……ん」  抱き締めていた腕を少しだけ解いた至近距離で、奏斗はオレをまっすぐに見つめる。 「……何度も抱かれたりすること今まで無くてさ。なんか分かんなくて……言ったんだけど……」 「ん」 「……それだけしてる訳じゃないって……全然違うって四ノ宮が言ったの……昨日から、ずっと考えてて」 「うん」  そこまで言って、奏斗は少し唇を噛んで、一度視線を外して、俯いた。  泣きそうに、眉を寄せてから、もう一度オレを見上げた。 「……オレも、違うなって思った。だから……ほんとに、ごめん」  そう言って、奏斗はオレをまっすぐにじっと見つめる。視線を逸らさずに、なんだかやたら潤んで見える瞳で。 「いーよ。ていうか……オレもともと怒ってないし」  オレがそう言うと、明らかにほっとした感じで、寄せた眉が緩んだ。 「……怒ってないのは、分かってる。でも……なんか……嫌な思いさせてごめん」 「ん。……いいよ」  じっと見つめあったまま、どう我慢しても綻ぶ口元のままそう言って、オレは頷いた。するとようやく奏斗の口元も、ふわ、と微笑んだ。 「……あのさ、奏斗」 「うん?」 「……抱き締めて、いい?」  その質問には即答しない。でも、少し困った顔で。 「……どうして?」  そう聞いて、オレを見上げてくる。 「……奏斗、可愛くて」 「…………可愛くないよ、オレ」 「可愛いけど……あ、じゃあ、可愛いじゃなくて……」 「……?」  じゃあ……何だ? ……オレ今、なんて言おうとした?  止まったオレに、不思議そうに奏斗が首を傾げる。 「……とにかく今、抱き締めたいから」  言うが早いか、腕を引き寄せて、抱き締めた。  奏斗は、なすがままに抱き締められたまま動かないけど。  少しして、オレの脇辺りの服を握り締めた。 「奏斗」 「……ん?」 「なんかすげー嬉しい」 「……何で?」 「何でって……嬉しいから」 「……何が?」 「何がって?」 「……だって、オレがひどいこと言って、謝っただけじゃん……」  何だかすごく複雑そうな声で言ってるのが聞こえてくる。 「……奏斗がちらっとそう思うのも、分かんなくはないから……そう思われないように、これからどうしようかなとは思ってたけど」 「――――……」 「……謝ってくれたのが、なんかすげー嬉しんだよ」  なんだか不思議そうにオレを見上げてる奏斗に、ふ、と笑ってしまう。  ――――……なんか、たまんなく可愛く見える。  そっと頬に触れると、パチパチ、と瞬きをする奏斗。 「――――……」  そっと、キス、してしまった。触れるだけ。すぐに唇を離して見つめると、奏斗はむーっと口を閉ざして、なんだか膨らんでるけど。それを見て、クスクス笑ってしまったせいで、ますますムッとさせてしまったけれど。……なんか、照れ隠しの怒りみたいな気がして。  なんだか可愛くてたまらない。  可愛いじゃなくて――――……。  さっき、言おうとした言葉は。  奏斗見てると。可愛くてしょうがないのに、いろいろ可哀想にも思うし、そういうのから守りたいとも思う。  ……なんか。    可愛いだけじゃなくて、もっと……愛しい、とか。それってこんな気持ちなのかなと思いながら、ぎゅーと抱き締めていたら、「もう良くない? 学校……」と声が聞こえた。  ゆっくり腕を解くと、奏斗は苦笑いを浮かべた。

ともだちにシェアしよう!