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第334話「可愛いじゃなくて」*大翔
「――――……」
咄嗟に動いて、抱き締めてしまったオレに、奏斗は最初固まってた。少し時間を置いてから、オレの両腕に手を置いて少しだけ距離を置いた。
「……顔見てちゃんと話すから」
「……ん」
抱き締めていた腕を少しだけ解いた至近距離で、奏斗はオレをまっすぐに見つめる。
「……何度も抱かれたりすること今まで無くてさ。なんか分かんなくて……言ったんだけど……」
「ん」
「……それだけしてる訳じゃないって……全然違うって四ノ宮が言ったの……昨日から、ずっと考えてて」
「うん」
そこまで言って、奏斗は少し唇を噛んで、一度視線を外して、俯いた。
泣きそうに、眉を寄せてから、もう一度オレを見上げた。
「……オレも、違うなって思った。だから……ほんとに、ごめん」
そう言って、奏斗はオレをまっすぐにじっと見つめる。視線を逸らさずに、なんだかやたら潤んで見える瞳で。
「いーよ。ていうか……オレもともと怒ってないし」
オレがそう言うと、明らかにほっとした感じで、寄せた眉が緩んだ。
「……怒ってないのは、分かってる。でも……なんか……嫌な思いさせてごめん」
「ん。……いいよ」
じっと見つめあったまま、どう我慢しても綻ぶ口元のままそう言って、オレは頷いた。するとようやく奏斗の口元も、ふわ、と微笑んだ。
「……あのさ、奏斗」
「うん?」
「……抱き締めて、いい?」
その質問には即答しない。でも、少し困った顔で。
「……どうして?」
そう聞いて、オレを見上げてくる。
「……奏斗、可愛くて」
「…………可愛くないよ、オレ」
「可愛いけど……あ、じゃあ、可愛いじゃなくて……」
「……?」
じゃあ……何だ? ……オレ今、なんて言おうとした?
止まったオレに、不思議そうに奏斗が首を傾げる。
「……とにかく今、抱き締めたいから」
言うが早いか、腕を引き寄せて、抱き締めた。
奏斗は、なすがままに抱き締められたまま動かないけど。
少しして、オレの脇辺りの服を握り締めた。
「奏斗」
「……ん?」
「なんかすげー嬉しい」
「……何で?」
「何でって……嬉しいから」
「……何が?」
「何がって?」
「……だって、オレがひどいこと言って、謝っただけじゃん……」
何だかすごく複雑そうな声で言ってるのが聞こえてくる。
「……奏斗がちらっとそう思うのも、分かんなくはないから……そう思われないように、これからどうしようかなとは思ってたけど」
「――――……」
「……謝ってくれたのが、なんかすげー嬉しんだよ」
なんだか不思議そうにオレを見上げてる奏斗に、ふ、と笑ってしまう。
――――……なんか、たまんなく可愛く見える。
そっと頬に触れると、パチパチ、と瞬きをする奏斗。
「――――……」
そっと、キス、してしまった。触れるだけ。すぐに唇を離して見つめると、奏斗はむーっと口を閉ざして、なんだか膨らんでるけど。それを見て、クスクス笑ってしまったせいで、ますますムッとさせてしまったけれど。……なんか、照れ隠しの怒りみたいな気がして。
なんだか可愛くてたまらない。
可愛いじゃなくて――――……。
さっき、言おうとした言葉は。
奏斗見てると。可愛くてしょうがないのに、いろいろ可哀想にも思うし、そういうのから守りたいとも思う。
……なんか。
可愛いだけじゃなくて、もっと……愛しい、とか。それってこんな気持ちなのかなと思いながら、ぎゅーと抱き締めていたら、「もう良くない? 学校……」と声が聞こえた。
ゆっくり腕を解くと、奏斗は苦笑いを浮かべた。
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