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第373話「妄想の中」*大翔

 佑と話してから部屋に筆記用具を取りに向かった時、また奏斗達とすれ違った。先輩たちは、もうギリだから急げ―とか声をかけてくるけど、奏斗はオレのことは、見ない。  まあ。もう。この合宿中は諦めろってことなのかもしんないけど。  ……はー。もう、マジで早く終わんないかな。そしたらまた奏斗と車で帰れるし。  そんなことを思いながら、でもまだ明日の夕方まで結構あるなと、少しうんざり。  今度の部屋は、視聴覚室らしく、前に大きなテレビと、スクリーン。  映像を見ながら、色々できる部屋らしい。  今回は向かい合う並びじゃなくて、全席、前を向くように並んでいる。  入ってすぐの席が空いていたので、そこに腰かけた。 「午前中で、起業するのに必要なことのイメージはなんとなくできたと思うけど。どうかな」  皆、先生の言葉に頷いて見せている。  奏斗はいくつか前の席に座っていて、ちょうどオレの所からだと、少し横顔が見える感じ。 「とりあえず、今から、失敗例と成功例を見てもらうから。その違いをあとで聞くから、メモしながら見てください」  皆が頷いて返事をすると、先生が前に映像を流して、少し脇に座りなおした。  二人の主人公。一人は自分の考えだけで突き進み、一人は、色々調べてる。  当然その差は歴然だけど、学生が起業するのを応援してくれる様々な仕組みを使わないと、こんなに差が出るものなのかと、よく分かる動画だった。  ――……起業か。  オレは、親父の会社を継ぐようにとは、言われてはいない。  いくつか経営してるけど、そこには、それぞれ優秀な人達が居るし、別にオレが入らなくても、問題はない。  ただ何となく、今度パーティーに出る紳士服のブランドだけは、オレに任せたいみたいなことを言ってるのを聞いたような気はする。  まだ分からない。  継ぎたいとか継ぎたくないとかも、今は思わない。  けど、奏斗が起業したいなら、それを手伝うのもいいな。   ……拒否られそうだけど。  思わず苦笑が浮かびそうになって、口元を手で隠した。  あー……なんかよくよく考えてみても、絶対嫌って言いそう。  何でだよ、意味わかんない、って。絶対言うよな。もう慣れてきたけど。  共同経営者とかもありだな、そしたら、ずっと一緒にいても、全然不自然じゃないし。そんなことを考えていたら、ぎゃーぎゃー嫌がってる奏斗が頭に思い浮かんで、また笑ってしまいそうになる。  何な訳。  勝手に出てきてる妄想すら、可愛いんですけど。あの人。  動画を見終えると、各自が思うことを発言して、討論していく時間。  奏斗が発言してると、ついつい見てしまう。  ……普段、赤くなって焦ったり、泣いたり。震えたり。お化け屋敷で大脱走していったり。……オレに、抱かれたり。  その時の奏斗とは、全然違う。  オレの前に居る奏斗は、可愛いよな、なんか。   なんでだろ。  今は、凛としてて、カッコいいんだと思う。  まあ、顔は、可愛いけど。でも、イケメンって言われるだろうし、可愛くもあるし、カッコいいと見る女も居ると思うし。  んー……。  話していることもちゃんとしてるし、まっすぐで姿勢も良くて、綺麗。  ――――……オレの腕の中に、いる時は。  ほんと、めちゃくちゃ可愛いけど。  それはオレが、そう思って見てるせいかも。  奏斗は、別に、オレが居ないと立ってられない訳じゃない。  支えないと、いけないって訳じゃ、ない。    家で小さくなって座るあの感じにさせる感情は、どうにかしてやりたいとは思うけど、別に家であれをやってるからって、外では、人気がある、楽しい人だ。無理してるのかもしれないけど、でもきっとあれが本来の奏斗で、オレが守らなくたって、多分大丈夫。  ここに来て、少し離れて奏斗を見てると、そう思った。 「一人で生きていくために起業したい」っていうのも。奏斗なら頑張って、何かできるんじゃないかなと、思う。  まだトラウマっぽい和希らへんのことは奏斗の中に残ってるから、それはほんと、どーにかしてくれたらいいなとは思うけど。  だからオレは。  別に、奏斗を、守りたいから、側に居たいとか、ではない。  でも。  ……やっぱり、一緒に居て。  笑ってるのを、見ていたい。  

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