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虚栄と呪い

オーベリウスは後悔していた。 3年前に弟子を取ったことを。 オーベリウス・ラインハルトは魔術師だ。宮廷魔術師を輩出する名門貴族ラインハルト家の血を引いている。 ただし、血を引いている、というだけだが。オーベリウスは当主の愛人の子であった。 母親と街の一軒家で暮らしており、オーベリウスが学校に通えるほどの金が与えられ、慎ましくも不自由なく生活していた。 そんな折、母親が病に倒れてしまう。 幼いオーベリウスは時々家に来ては金を置いていくラインハルト家の従者に助けを求めた。しかし旦那様にお伺いしますと言われたきり、翌日になっても音沙汰がなかった。 オーベリウスは寝台に横たわる母親に"魔法の言葉"を唱えた。母親が、熱を出したオーベリウスに唱えてくれた"魔法の言葉"。頭の痛みも身体の熱さもちっとも引かなかったが、少しだけ楽になった気がしたものだ。 オーベリウスが小さな口でその言葉を唱えた途端、母親の身体が淡く発光した。荒れていた呼吸は落ち着き、伏せられていた瞼が開き、オーベリウスを驚きに満ちた顔で見ている。 ドサリ、と背後で音がした。 母親と同じように驚愕の表情を浮かべた従者が、医師を伴って立ち尽くしていた。 それからオーベリウスの生活は一変した。 屋敷に迎えられ、魔術の訓練を受けることとなったのである。 オーベリウスには腹違いの姉と兄がいたが、そのどちらよりも優秀でめきめきと頭角を現していった。また、精悍な顔立ちと黒い髪、紫の瞳と歴代の宮廷魔術師に多く見られる特徴を持ち合わせていた。 それが、オーベリウスにとっての不幸の始まりだった。 愛人の子だということで冷遇され、それに妬みや嫉みが拍車をかける。当主や使用人は見て見ぬ振りだ。 さらに、表向きは食事や服など他の子どもたちと同じように用意され"優秀なだけでなく愛人の子まで分け隔てなく育てる慈悲深さ"を演出されていたし、オーベリウスもめっきり身体が弱くなった母親に何も心配ないと嘘をついた。 魔術の練習だと称してよく兄や姉に虐められた。服を焦がされ危うく火だるまになりかけたり、浮遊させた石で的当てしてくるのはまだ我慢できた。水を操り鎮火させたり、結界で防ぐことができたためだ。しかし母親が持たせてくれた護り石を砕かれた時には、魔術を使うことも忘れ掴みかかり取っ組み合いの喧嘩に発展した。 その結果姉の顔に傷をつけ、父親である当主からこっ酷く叱られた。 金を充分払ってやっているのに、こんな安物を持たせることはなかろうに、と母親まで侮辱され、オーベリウスは悔しくて仕方なかった。破壊された護り石は、母親の目と同じ紫色で、離れていても見守っているからと渡されたものだ。 そして、心に決めた。 誰よりも優秀な魔術師に、宮廷魔術師になって、皆を見返してやると。 それからオーベリウスは寝食を削り、勉学や研究に励んだ。主に治癒の魔術についてだ。 宮廷魔術師になるには魔術の精度や魔力の量だけでなく、何か抜きん出たものがなくてはならない。 例えば、魔力の量が極端に少ないが離れた場所に転移する陣の発明をした者、天候を操ることができ、よほどの使い手かと思いきや他の魔術が一切使えなかった者などもいる。 だが、治癒に関する魔術を使えたものはほとんどいない。オーベリウスはそれに目をつけた。 魔術だけでなく薬学や医術の文献も読み漁り、知識を貪って血肉にしていった。 医師として数年病院にも勤め、現在は大学の薬学の授業も専攻している。 けれども、母の病を治すことはできなかった。老衰によるものはどうしようもない。オーベリウスにできるのは苦痛を和らげる薬をだす対症療法しかなかった。 母親も治せないのか、そんなやつが宮廷魔術師になれるのかと、見えない何かが罪の意識の姿をとって夜毎オーベリウスに囁きかける。 オーベリウスは、母親を治さねば宮廷魔術師になれないという呪いを無自覚のうちに、自身にかけていった。 オーベリウスが弟子に出会ったのはそんな頃だ。 オーベリウスが23歳、弟子であるマーカスが12歳の時であった。 オーベリウスが大学にいくと、講義室に子どもがいた。黒髪を短く刈り上げていて、着ているものは袖がほつれ襟が黄ばんだシャツ、サスペンダー付きの黒いズボンだ。 飛び級で入ってくる子どもは稀にいるが、それにしては裕福な印象ではない。考えられるのが奨学金だが、よほど優秀でなければ与えられない。 不吉に似た予感に背筋がざわめく。 この子どもは、ひょっとしたら、自分よりも優秀な人材ではないかとーーー その子どもが振り向いた途端、オーベリウスは全身が粟立った。 その子どもは紫色の目を持っていたのである。あの、宮廷魔術師によく見られる色だ。 「オ、オッ、オーベリウス・ラインハルト!」 子どもは勢いよく立ち上がり、紫色の目を輝せ、少年特有の高い声が響き渡った。 「あ、あ、あの、俺、いや、ぼく、貴方の論文を読みました!ほ、本当にすごいです!すごく、尊敬しています!」 少年の声も、そのか細い全身も震えていた。 オーベリウスはそれどころではなかった。飛び級してきた少年、奨学金の可能性、宮廷魔術師が持つ瞳。それらが脳内で螺旋を描き、少年の姿を覆い隠す。そして、歪んだ少年の姿は何かに変わり、口の両端が釣り上がる。 お前は宮廷魔術師にはなれない、とソレは囁く。ソレは、毎夜オーベリウスの頭に響く声と同じ音だった。 ソレは現世に具現化された悪夢であった。絶望感が、オーベリウスを襲い意識を刈り取る。 暗転する直前、オーベリウスは予感していた。 ーーーーーーこの少年は、私の敵だ と。

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