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異界の性 〜世にもふしぎな恋のお話〜
・三年後に必ず会おうとする約束を、友人と取り付けた男子高校生。今日がその日だ。果たして約束の友はやってくるのだろうか……。
一話、『9月9日』
「三年後の9月9日、夜の9時。そん時俺のことがちょっとでも好きで、ちょっとでも付き合ってもいいかな、って思っていたら、この学校の校庭に来てくれ。来てくれたら付き合いたい」
俺は三年前の今日、そう、友人の中瀬に告げた。
そして今日は9日9日だ───────
あの日俺は中瀬に一方的にそう告げて、親と共に飛行機に乗りイギリスに引っ越していった。
急にイギリスに引っ越さなくちゃならなかったから、俺はあの日、中瀬に唐突に好きだって告白したんだ。
中瀬は「は?何冗談」と最初は全然取りあってくれなかった。その態度からは、どうやら完全に俺を友人だとしか見てないし思ってないらしくて、やりきれないというか、腹立たしい気持ちもあって、つい中瀬の首根っこを掴み校舎の壁に押し付けて無理矢理キスしてしまった。
強く押し当てただけの唇を引き剥がすと、中瀬はびっくりした顔で目を白黒させ、怒りも滲ませた目つきをしながら、それでも頬も赤く染め、俺の顔を見ずに横目を向いた。
「三年帰ってこれないんだ。三年経ったら帰ってくる。もしそん時に今日の俺のことを覚えていて、付き合ってもいいかなってちょっとでも思えていたら、今日のこの学校に来てくれ、もし来たら中瀬と付き合いたい」
中瀬は横を向いたまま返事をしなかった。
ただ怒ったような目で、顔を赤くしていた。
「…………」
「俺は絶対行くからな。彼女なんか、作らねーから。あっち行っても」
そう言って、手をふりあげ、その場を後にした。
それから対面することもなく、そのまんまイギリスだ。
イギリスの生活は大して面白くもなければ感激するようなこともない。
頭のどこかでは、ずっと中瀬ばかりを考えていた。
あいつは元気にしてんのかなぁ、彼女出来ちゃったのかなぁ、今頃何やってんのかなぁ。
普段忘れて過ごしているようで、そんな考えがふとした瞬間つい生まれてくる。
─────どうせ来ないんだろうな。いないよな。
俺は諦めていた。
夜の校門は解放されていて気軽に入れる。
くぐり抜けると、だだ広いグラウンドが広がる。
真っ暗で、人の声も音も何もない。
シーンと、時たま風が吹いてグラウンドの舗装をかするのみ。
ほらね、いないでしょー。
だよなあ。
わかってたよ。
一人空しく頭の中で連続ごちる。
失恋だよなぁ。結果を見ずとも、三年前のあの日、ちゃんと失恋してたわけだけどさ。
俺が一人芝居で、引き伸ばしただけだけどさ。
空しさと虚脱。そして限りない懐かしさが胸に広がる。きゅっと締め付けられる。
あいつと一緒に通ってた校舎を見に行こう。
俺はグラウンドを回った。
校舎についた。
俺は校舎の匂いを吸い込む。
校舎に匂いなんてないけれど。
昔の記憶を引き出しから引きずり出すように。
パキッと音がした。
後ろを振り向くと、黒い上着のポケットに両手突っ込んだ中瀬がいた。
「遅くない?9時半回ってるぞ、もう」
慌てて腕時計とスマホを両方見ると、確かに時間が遅れていたようだ。
「約束した張本人が来ないから引いたわ。お前なぁ。あいっかわらず、ルーズ」
中瀬はプチ切れている。
「中瀬~!」
俺は目が潤んでいた。
中瀬と二人で、校舎を窓から眺めたり、俺達が通った教室を校舎の下から指差して確かめたり、した。
「流石に中入れねーから屋上は行けんよなぁ」
俺は言った。
中瀬は「プール行こうぜ」と言って、返事も待たず勝手に歩きだした。
プールは中まで入れた。
水は張っていない。ただの容器の状態だ。
俺はプールサイドに座る。
中瀬も座る。
「イギリス、面白かったー?」
「普通」俺は答える。
「中瀬は彼女は?出来なかったの?」
「うん、告白されて付き合いかけた女ならいたよ。ダメになったけど」
「ゲッ」
「お前は?」
「俺は……、中瀬のことばっかり考えてたよ、宣言どーりにな」
「そっか」なんだか中瀬は気恥ずかしげだ。
「中瀬」
「うん?」
「キスしてもいーか?」
「……………………」かなり長い沈黙の後「うん」が返ってきた。
唇と唇とがあたると中瀬はすぐ顔を背けた。
「くすぐったいって」
笑いながら避ける。
「ぷぷぷ、変なかんじ」
「なんだよ」
「お前とキスするってヘンなかんじ!」
「なんだよ、この」
俺は心外になりちょっと怒ったので、そのまま押し倒してしまった。
中瀬は俺を見上げる。
俺は中瀬を見下ろす。
「……このまま、していいよ」
「えっ、いいの?」
「しらん。したいんだろ」
「男同士でやったことないから、上手く出来るかな……」
そういいながらも俺は興奮して、声に熱がこもる。
「今逃すとチャンスねーぞ」
中瀬は笑う。
俺は中瀬の手をぎゅっと握ってみた。
中瀬もぎゅっと握り返す。
「………………」
変な沈黙が流れる。
気恥ずかしい。
でも俺はやってしまう。
中瀬の中はあったかかった。
服を直してグラウンドに戻ると、中瀬が空を眺めながら聞いてきた。
「あれって何の星?」
「えー俺天文学部じゃないし」
「俺な、家族皆でご飯食べにいったんだよ。食べにいっただけだったんだよなぁ」
「うまい店?」
「本当はここ来てずっと断ろうって思ってたんだぜ。三年間」
「えー!?断っちゃうの!?付き合わねえの!?俺達?せっかく来たのに」
「断るのはやめたから。つい最近な」
「じゃあ付き合ってんの?付き合ってんの?もうこれ」
「うん。付き合ってるよ」
やったぜー
俺は嬉しさのあまり校庭をグルグルまわった。ジャンプして、はじけるようにはしゃいだ。
「……あれ」
気がついたら中瀬がどこにもいない。
「おい、なかせー」
呼んでもどこにもいない。
校門の外にも、また戻ってグラウンドにも、校舎の裏側にも、プールにも、中瀬の姿はどこにもいなかったんだ。
ジワジワとまだ暑い。俺は家に帰って、寝て、起きて、古い連絡名簿を取り出して、中瀬んちにかけてみた。
使われてませんときた。
クラスメイトの共通の知り合いにかけてみた。
「久しぶりじゃん。中瀬?ああ、お前海外いったら連絡一切つかなくなったもんな。ルーズだから新しい番号も連絡寄越さないしよ。
中瀬は、交通事故で死んじゃったんだよ。一家全員。高速道路で、飲酒運転トラックとぶつかって。6月だよ、今年の。ちょっとしたニュースにもなってたよ。ああ、そんときはイギリスか、まだ」
ジワジワ暑い。
「おまえら仲良かったもんな。墓の場所教えてやるよ。一緒にいくか」
ジワジワ暑い。
「中瀬は、よくお前の話をしてたんだよ。皆で集まると必ず」
汗が伝う。
「絶対行かなきゃ、って言ってたぞ。お前と約束してるって」
汗が伝う……
・誰もいない、誰も知らない、真夏の旧校舎の中で、ほんの一時の心を通わせる友人が出来た。ひんやりと気持ちいい肌を持つ、果たして彼は何者なのだろうか……。
二話、『緑の眼』
ひんやりとした男はいつの間にかそばにいた。
それはとある真夏の日の夏休みの校舎のこと。
通っている中学校の登校日だった。
僕は使われていない旧校舎の中にこっそりと隠れて入り込んでいた。
入口は封鎖されて鍵は閉められているものの、出入りできる壊れた窓が隠れて一つだけあるのだ。
教師すらいつもは旧校舎に出入りなどしていないので、きっとこの窓の存在に気付いているのは、ぼくと、他にいても少数だけだろう。
登校日の授業なんてあってないようなもの。
夏休みボケをひきしめる目的が主たる目的のようで、やらされるのは、作文くらい、早々に退屈になったがゆえの行動だ。
旧校舎の教室の中には、旧い机や椅子が並んでいる。
教室の後ろのほうに整列され片付けられている。
ぼくは一つの机と椅子を前に取り出し、椅子に座り机に寝転んでみた。
それにしても暑い。
本校舎も省エネのため冷房なんてほぼ飾り程度にしかかけてないが、建造材質上の旧校舎の蒸し具合なんて、特筆したい暑さだ。
木でできた机は断熱性を持つために幾分か冷えている。
机に寝そべりつっぷしながらぼくは暑さを感じていた。
ふと冷たいものがピッタリとぼくの腕に触れた。
ひんやりして気持ちよい。
顔をあげてみると、ぼくよりは年上っぽい外見の、色の白い少年が、ぼくの腕に自分の腕をあてていた。
「……何?」
ぼくはあてられた腕を払わずに聞いてみる。
「汗をかいていて暑そうだったから、つい」
少年は答えた。
「本当だね。冷たい肌をしている」
確かに気持ちよい低体温のひんやりさだ。
「もっと触っててもいい?」
「いいよ」
少年は嫌がらずに触らせてくれた。
「超冷えっ冷え!」
ぼくはいつのまにか床に座り、座りこむ少年の体に抱きついていた。
どこもかしこも冷たくて涼しい!涼しい!
少年の肌はさらさらスルスルツルツルしていて、汗一つかいていない。
ぼくの体はじんわりべっとり汗を大量にかいているのに、こんなのにすりよられて、この少年は嫌じゃないのだろうか?
少年は全然嫌そうでもなかった。
以来、登校日じゃない日でも学校の旧校舎に来て共に遊ぶようになった。
けだるげな雑談を繰り返し、暑くなったら少年の体に張り付いて涼む。
さて、季節は秋に変わった。
ぼくは突然両親の都合で学校を変わり引っ越すことになった。
転入した先の中学を卒業し、そのまま地域の高校に入学し、初めての夏を迎えた季節のことである。
学校からさあ帰ろう、と校門をくぐった時、一人の男が待ち構えていた。
年は自分よりも年上そうだが、同年代の同じ男子高校生くらいの年頃の、色の白い男が立っていた。
見当たらない学校のブレザーの学生服を着ている。
少年から青年へと移り変わっている最中の外貌。
彼の後ろには黒塗りの高級外車が止まっていた。
「遊ぼう」
彼はこっちへと近寄ってきた。
「どなたでしたっけ?」
ぼくは尋ねるが彼は返答せずに、手だけを握りしめてきた。
とても冷たい手だ。それは昔の記憶の中に覚えがある触感だった。
握りしめた手を引っ張られ、ぼくは車に載せられた。
車の中は涼しいが重ねられた手もヒヤリと涼しい。
いつのまにか彼はピタリとぼくの体に体を張り付け半身を寄り添っていた。
全身がヒヤリと冷たい。
「まだ思い出さない?」
「思い出した、思い出したよ……」
いつのまにか車は森の中の、湖の近くにある豪邸の門前へと止まった。
金属質の豪奢な門が音を立ててしゃなりと開かれる。車ごと門の内側へ、吸い込まれていった。
その広々とした家の中でぼくはご馳走を食べさせてもらったり、映画を大画面で見させてもらったり、室内プールで泳がせてもらったりした。
それから毎日、彼は学校が終わると毎回ぼくのことを迎えに来た。
車の中で握られる手はとても冷たい……。
高校生活も三年目の大学受験を控えた年になった。
その日も、車は校門の前に来て、ぼくは連れ去られるように、車に載せられた。
暗闇の中、大画面で映画を見て、鑑賞に疲れ、ベッドの上で小さい眠気に襲われうつらうつらとしていると。
体全体を冷感に覆われた。いつもの彼が、背後からまとわりついているのだろう。
と、だがその日はそれだけで終わらなかった。
口に冷たい氷のようなものが飛び込んできたかと思ったらそれは舌で、
冷たい肌はどんどんぼくの体を触り覆い、侵入していく。
ふいに、我慢しきれない苦しい痛みが走った。
ひんやりした冷たい長いものに体の内側からかき回される。
苦しみの中、ぼくの全身を覆う、この肌の感触は、知っている何かに似ていると気付いた。
そうだ。小さい頃触った、蛇だ、蛇……。
後ろをかえりみると、彼の目は瞳孔が縦細く、緑色に輝いていた。
蛍光のような色だ。
たまに絡めとられていく舌は、とても、とても、長かった。
今までみたことがない彼の裸の胴体には、物凄く深くて長い傷痕があった。
「これは君がやったんだよ」
口から覗く舌は、長く、細く。
冷たい両腕がまわされ背後からピタリとひやこい皮膚がぼくの全身に張り付く。
「まだ思い出さない?」
「思い出した、思い出したよ……」
「麦わら帽子をかぶった小さい足が森の中、湖近くのすぐそばで、白い蛇が一匹通りすがる。子供は掴んで木枝で刺して、蛇は弱ってよろよろと、這って湖の中にボチャンと落ちた」
彼は歌うように囁いた。
暗い中光る緑の目は笑っておらず、ぼくの顔を、眼を、マジマジと射抜くように見ている……。
… … … …
そこには、豪邸も、大きな門も、プールも、何も無かった。
ただ山の中の雑木林と、すぐ側には湖と、時折吹き抜ける風と、そして草むらをかき分けると
うねうねとよじれる蛇二匹が、草の影に隠れ絡まり交わっていた。
緑の目をした白い蛇にまといつかれる、黄緑色の体をした蛇の黒い目は、どこかあの少年の眼差しと似ていた────────。
終
「雨月物語:菊花の契り・蛇性の淫」
hitachi翻案
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