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ねぇ、夢の中で自分の知らない記憶が流れ込んできたらどうなると思う? 知らない光景。知らない人。知らない感情。......知らない自分。 それが一気に5歳児の脳に流れ込んできたらどうなると思う? それは―― 「やとっ!!」 聞き慣れたボーイソプラノの声に振り向く。 そこには僕の双子の弟が可愛らしい顔を不機嫌そうにくしゃりと歪め本を抱え立っていた。 「どうしたのチビ?そんなかおして」 「チビじゃない!」 弟は‪α‬性だ。だからなのか、5歳児にしては成熟していた。まぁ、それを言ったら僕は成熟どころじゃないけど......そう言えば、β性なのにどうしてチビより大人びてるんだろう?って親に心配されたこともあったなぁ。 最初は自分が持っている知識になんの疑問も持たず両親の問に首を傾げるしかなかったが、今ではそれがズルだということもわかっている。 「それでどうしたの?」 「.....ほんよんで」 そう言って弟は僕の傍に来る。 小さな身体を僕の脚の間にねじ込み、凭れるように僕に体重をかける。 いくら僕でも弟の体重を支えれるほど育ってない。だから「わっ!」と踏ん張ることも出来ず後ろにこてんと倒れた。弟も一緒に倒れることになるからその重みもプラスでのしかかる。 いくら僕より小さくても流石に無理があるぞ弟よ。 そう思いながら弟が退くのを待つ。でも、どうしてか弟はピクリとも動かず、なんなら僕にしがみつく様にギュッとお腹に手を回していた。 重い。苦しい。 「チビおもいよ.....ぼくつぶれちゃう」 「.....」 「チビ?」 「.....やとおかしい。やとはやとなのか?」 それは今の僕は前の僕のままなのか?ってことかな? 知らない記憶を持った僕は特別前と変わった行動をとってはいないはずだけど.......。 弟は鋭い。流石は‪α‬だ。 でも、その疑問はナンセンス 「なんでチビはそうおもったの?まえのぼくといまのぼくはなにがちがう?こうどう、はつげん、かんがえかた.....?でももしそれらがまえとちがってももんだいないよね?だってそれでもぼくはチビのあになんだし」 僕が僕でなくなっても僕はチビの兄だよ。それだけは変わらない。それに.... 「ぼくはぼくのことをやとだとおもってるけど。チビのなかのやとはチビがきめればいいよ」 「う~.....おれわかんねぇ。やとはなにいってるんだ?」 「.....つまり、チビがぼくのことを『やと』だとおもえないならぼくはチビの『やと』じゃないんだよ」 「.....やっぱわかんねぇ」 「あはははは.....いまはかんがえなくていいよ。じゃあほんよもうか。ここにおいでチビ」 「だからチビってよぶなよ」 そう文句を言いながらもしがみつくのをやめ、僕の膝の間に弟は座り込む。そしてまた体重をかけるように凭れかかってくるが、今度はそこら辺にあったクッションをいい感じに置いた為後ろには倒れなかった。 弟から本を受け取り、開く。 題名は「光の王と影の王」 むかしむかし天に光の王がおわしました。 光の王は優しく公明な君主で民達に慕われており、 天上の国をよく治めていました。 それだけでなくその光の力で地上に 豊かさを与えていました。 しかしそれを良しとしない者がいました。 地に住む影の王です。 影の王はその眩しさと豊かさに苦しみ 優しき王を引きずり下ろそうとしたのです。 そして長い戦争が始まりました。 「おしまい......。チビ、なんでこのほんなの?もっといいのなかった?」 ちょいすがちょっと.....。もっと、ハッピーエンドの本はなかったのだろうか? 「......?チビ」 「......」 「ねちゃったか」 耳を澄ませばスースーと規則的な寝息が聞こえた。 可愛い僕の弟。 可哀想な‪α‬の子供。 「ぼくもねようかな」 手に持っていた本を横に置き、チビのお腹に手を回す。僕も凭れるように後ろに体重をかけ、そしてふと天井を見た。 「.....おかしなせかい」 この頃はまだ幸せな日々だった。

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