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《no side②》
一方、弥斗が入浴中の頃.....愁は無表情で台所に立っていた。その手には包丁が握られており、黙々とじゃが芋の皮を剥いている。
愁がこんなことをしているのは優斗の言葉のせいである。来るなと言っているのに何度もここを訪ねる優斗は愁にとって鬱陶しい存在だ。
しかし彼が来る前は食事などろくに取っていなかった愁は彼の「弥斗君死んじゃうよ?」の一言により彼が持ってくる物に免じて口を噤むようになった。
だが、その日愁は気づく。それは優斗が雑誌を読んでいた時のことだ。
優斗が『へぇ~....最近料理男子ってモテるらしいね』と呟くように言った。
その言葉に天啓を得たように愁は衝撃を受けた。
それは....美味しい料理で弥斗をもっと懐かせることができるのでは?と考えたからだ。
愁は優斗を急いで追い出し、弥斗に風呂を勧めた。
(料理、料理....りょうり?料理って何作ればいいんだ?)
じゃが芋を剥いている愁の思考は疑問で埋め尽くされていた。なぜ自分がじゃが芋を剥いているのかも謎だ。
どんな料理を作るつもりなのかも謎。
(でも俺が飯作っから風呂行けって言った時、弥斗すげぇ嬉しそうだったなぁ。期待に応えねぇと。じゃが芋で何作れるんだっけか......)
因みに愁は料理など一度もやったことがない。そんな愁が作る料理はどんなものになるのだろうか?
(塩、胡椒.....マヨネーズも入れっか。味は薄いやつより濃い方がいいよな?.......なんていうか料理って、めんどくせぇ)
そんな気持ちで作った料理は――
「どうだ?」
愁の足の間に座らされた弥斗はモグモグと口を動かし、ゴクリとそれを飲み込んだ。
その様子を見る愁の顔は若干の期待が見て取れ、弥斗はどう答えるのか難儀する。
別に不味くは無いのだ。むしろ美味しいと言える程のもの。だがしかし、弥斗の心情は素直にそれを口にすることができなかった。
(なんか素直に美味しいって言うの癪だな)
そう弥斗は捻くれていた。いや、今までの仕打ちのせいで捻くれざるおえなかったのかもしれない。
そんな弥斗だが結局は「おいしいです」と素直に賞賛し、モグモグと箸を進めた。
愁がクソ野郎でも料理に罪はないと考えたのである。それにここで機嫌を取っておいた方が今後も料理してくれるかもしれない。
それ即ち、弥斗の一人での時間が増えるというもの。
「そうか美味しいか!料理ってめんどくせぇって思ってたが、お前がそう言うならこれからも俺が作ってやっかな.....」
「シュウさんは普段から料理するんですか?」
「そんなんするわけねぇだろ。今日が初めてだ」
「初めてなのにこんな美味しく作れるなんて....才能ありますね」
「.....そうかぁ?まぁ、お前にそう言われんのは悪い気しねぇな」
「シュウさんは食べないんですか?」
テーブルに乗っているのは弥斗の分だけのように見える。
そういえばと弥斗は思い返す。
ファミレスでもお好み焼き屋でも行く先々の店で愁は何も頼んでいなかった気がすると。
いつも弥斗が食べる姿を見ているだけだった。
(....なんでだろう?少食とかかな?)
だが、あの図体で少食はおかしいだろうとすぐにハッとする。
「俺はいいんだよ」
「.....そうですか」
(この人のことなんにも知らないなぁ僕は。まぁ、知って何になるのかっていう話だけど)
「明日は何食いてぇ?お前の食べたいもん作ってやるよ」
「え、あー.....じゃあミネストローネ」
「みね....?は?」
顔を顰めながら愁は何度もミネストローネと呟き、ため息をついていた。それを見ながら弥斗は内心笑い、黙々と箸を動かし続けた。
こうしてその日は驚くことにスマホ片手にミネストローネの仕込みをする愁が目撃された。
そのため弥斗は襲われることもなく穏やかな睡眠を得られたという......。
《side end》
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