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夢魔 1
少年は男を待っていた。
いつだって待ってる。
だからドアの外で行われていることに気付いてしまった。
少年と男が暮らす、いや、男の部屋に少年が置いてもらってるというのが正しい、そのマンションの部屋のドア、そのすぐ外でそれは行われていた。
「声出すんやない、うるさい、近所迷惑やろが」
男の声が掠れてるのか聞こえる。
ドアは決して薄くはないが、少年が通路に面する部屋の窓を薄く開けて外の音を拾えるようにしているから聞こえてしまう。
男が帰る音を拾うためなのが裏目に出た。
そう、こんなふうに男の声が掠れるのがどんな時かを少年は知ってる。
そして女が我を忘れて感じているのも分かってしまう。自分もそうなるから。
声を殺せなくなるのだ。
男にされると。
だから、女は喘ぎ声を殺せない。
「あっ・・・いいっ・・・いいっ!!」
高い女の声が急に籠り小さくなる。
男が口をその大きな手で塞いだのだとわかる。
男が外で少年とする時は必ずそうするからだ。
男はしたくなったら場所を選ばない。
トイレや、裏通りで何度か少年は男としてる。
男は外でする時は背後から貫くのが好きで、今おそらく女がそうされているように、両手で壁やドアに手をついて、少年も口を塞がれながら何度も何度もイカされたのだ。
男が激しくむごい突き上げをしているのだろう、激しく肉がぶつかる音が響く。
女の声は手で塞ぎ切れるものではなく、それはドアの前で膝を抱えて待っている少年には聞こえてしまう。
「女は女でええなぁ・・・このでっかい胸も偽モンやないしな、もっと腰振れや」
男は笑いながら女に囁いている。
何度も笑って、それが機嫌の良い時の男の声だともうわかってる。
たのしんでいるのだ。
女とセックスすることを。
少年は痩せた自分の身体を抱きしめる。
豊かな胸も柔らかい肉もない身体を。
女は何度もイカされ立ってられないのだろう、ドアに身体をぶつけて、男に怒られる。
「我慢せぇ・・・起こしてまうやろ。寝てるの起こしたら可哀想やろ」
その声に隠しきれない優しさが含まれていて、少年は震える。
男は優しい。
最初からずっと。
それを疑ったことはない。
終わったらしい
男がひくく呻いたからだ。
その声もよく知ってる。
自分の上で男のその声を聞くのが少年は好きだった。
少しでも男が気持ち良くなってくれたのだと思えるからだ。
男はいつでも、その後、少年を抱きしめてくれて「良かった、最高や」と褒めてくれる。
髪や背中を無でて、やさしくキスしてくれる。
それが少年はとても好きだった。
だけど女には違ったようだ。
「帰れや、ほら、タクシー代や」
男の声は冷たい。
「・・・何ソレ。ここまで連れて来て、家にも入れないつもり?」
女は怒っている。
「誰も家に入れたるなんて言うてへんやろ。家に連れていってくれたらさせてやる言うたから、家の前まで連れてきてやったんやろが。もう帰れや、やることやったら用無いわ」
男は嘯いた。
女が金切り声を上げようとしたら、その声がこもる。
男の手で塞がれたのだ。
「中で寝とるんや、起こすな」
その声は冷たく怖かった。
女は黙った。
男はその目付き1つで相手を黙らすことができる。
それは暴力的な相手であってでもそうなのだ。
女なら余計に黙るしかないだろう。
男の美しい大きな肉体は、暴力の匂いがする。
そして、少年は男の強さも良く知っていた。
男相手に反抗できる者はそういない。
・・・人間では。
女は黙り、何かをひったくる音がした。
男の手から紙幣をむしり取る音だ。
少年はそういう音にも詳しい。
少年の父親は、少年を売り飛ばして、その手から紙幣をむしりとっていたからだ。
カツンカツン
ヒールの音が怒りに尖って響く。
女は帰ったのだ。
少年はそっと立ち上がる。
そして慌てて冷たいベッドに潜り込む。
ベッドに寝てないと男が心配するからだ。
男はドアの前で少年が膝をかかえて待っているのが好きではない。
「帰ってこられへん時もある。でもちゃんと寝て、ご飯は食べとくんやで」
そう言ってくれているからだ。
でも少年は。
男をドアの前で待ちたいのだ。
帰ってくるのを待ちたいのだ。
でも男がそれを嫌がるなら、男にはそれをみせない。
ドアが開く男がした。
身繕いをしてから入ってきたのだろう。
男は真っ直ぐベッドのある部屋に来る。
男と少年が眠るための部屋に。
そして、薄く照明をつける。
男と少年が住む部屋は部屋の明かりの強さも調整できるのだ。
室内の温度も調節できるし、なんなら機械に話しかけたなら、音楽もかかる。
少年は怖がって使わないが。
少年が育った薄暗がりの安アパートとは何もかも違う。
かろうじて風呂があるだけの、あのゴミためみたいな部屋とは。
少年はこの綺麗な部屋を懸命に維持するべく毎日頑張っている。
男は業者に頼むからいいと言ってくれているけれど。
男のために何かしたかった。
色んな失敗をしたけれど、男は怒らない。
なんとか家事が出来るようになったのは最近だ。
男はそっと部屋に入ってきた。
笑ってるのが見なくてもわかる。
男はいつも、少年には笑顔なのだ。
ベッドに座る音がした。
布団の上から少年に触り、不意にため息をついた。
「お前、またドアの前で待っとったんか」
男が困った声で言うから、少年は寝たフリが出来ずに身体を強ばらせた。
なんでバレたのか。
「ベッドが冷たい」
男は説明してくれた。
少年は泣きそうになる。
言いつけを守らなかったから嫌われてしまうのだろうか。
布団の中から顔を上げた。
いつもの優しい男の笑顔があった。
「そんな顔すんな。せっかく女使って解消して来たのにまたシたくなるやんけ。ホンマ可愛いな。どうせ聞いてたんやろ?女は家には入れへんからな、安心し。ここはお前とオレだけの家や」
男は髪を無でてくれた。
その指の優しさと、男がドアの外で女としていたことを考えて、何故だか苦しくなる。
「女もいい」男はそう言っていた。
きっと柔らかくて胸が大きくて綺麗な人で自分とは違うのだ。
「泣くなや」
男が困ったように言う。
泣いてしまっているんだ、と気付き慌てて止めて、笑おうとする。
嫌わないで。
「可愛いわ、ホンマ」
男が苦しげに言う。
「我慢出来へんやん・・・」
男が布団を剥いだ。
そして、少年の上にのしかかる。
その前に部屋の明かりを最大限に明るくして。
それが少年には辛い。
綺麗な柔らかい女の人を抱いた後のこの人に自分を見られるのは辛い。
でも、男は優しい目で見下ろしてくる。
見られるのが辛くても、男が見たがっているのなら、それでいいと思ってしまう。
「女もええけどな、お前のケツマンコがオレは1番好きなんや」
男は屈託なく笑った。
バジャマをぬがしながら。
痩せた身体が男の目に映るのだろう。
少年の身体は左肩から胸、腕まで、煙草でつけられた火傷が醜く残っている。
でも、正面はまだいい。
背中はもっと醜い。
焼かれながら犯すことを、父親や父親が連れてくる男達が楽しんだからだ。
「めっちゃ可愛い」
男は笑って言う。
それは嘘ではないはず。
男は嘘をつくようなタイプではない。
誰よりも自分に正直に生きているからだ。
「優しくするからな」
男の声は甘い。
1度も酷くなんかされてない。
男は少年には優しい。
ドアの外で女にしているような酷い突き上げなんかした事がない。
優しく優しく抱いてくれる。
「お前だけやで、オレが優しくすんの」
男の言葉は本当なのだ。
「今やって女のんで濡れたんをお前に突っ込むってのも、興奮すんなぁ」
男は下卑た笑いを見せる。
こういう所でも男は嘘をつかない。
ちょっと切なくて、少年は泣く。
「可愛いなぁ、マジめちゃ可愛い」
何故だか男が興奮する。
「優しく優しくしてやるから、沢山イキや・・・」
男は少年の左手にキスする。
指が中指と薬指が半分程で欠損している。
これだけは父親やその仲間達の仕業ではない
少年は火傷の跡は気にしている。
でもこれは気にしてない。
この結果で男に出会えたからだ。
たった指2本でこの人に会えたのなら安いものだ。
「可愛い」
囁かれて、優しい夜が始まる。
少年は。
それでも幸せなのだ。
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