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インサイド・ツリー #3
もうここまで来ると突っ込む気力も失せる。
「ああもうっ。こうなったらさっさと見つけて終わらせるぞ!」
「そうだな。俺は急いでないからゆっくりでもいいが」
「俺は急いでるんだって……!」
「時間が止まっていてもそんなに急ぐなんて、よほどの用事なのか」
「……別に、アンタに関係ないだろ」
恋人に振られてヨリを戻そうとして追いかけてるなんて流石に言えずに突っぱねると、少年はそうか、と呟いた。
目元に影を落としてどことなく落ち込んでいる美少年にチクチクと罪悪感が刺激される。いや中身が大人なのは分かっているんだけども。
ああ、分かったよ。分かりましたよ。
「俺、久遠雪雄。ぶつかったのにろくな謝り方しなくて悪かったよ……アンタの名前、聞いていい?」
普段ならもうスマートに取り繕えるのに出会いが出会いだから気まずすぎる。
ぶっきらぼうにならざるを得ず、目線を落として足元の綿をぽふぽふ蹴りつけていると隣の少年がクスリと微笑むのが分かった。
「なんだよ」
「いや。俺は冬野一星 だ。よろしくな」
「……よろしく」
顔を上げた先で雪解けのような微笑みを向けられ一瞬、息を呑んだ。
美形は得でいいよな、と見惚れた自分を叱咤するために内心悪態をつく。俺はあの人とヨリを戻して貰わなきゃいけないんだから。
「とにかく急ぐぞ。いつまでもここにいる訳にはいかないんだからな!」
「そうだな」
気を取り直し、二人してツリーの中をえっちらほっちら登り始める。
ツリーには雪を模した綿が巻きつけられていて一本道のように繋がっている。螺旋階段を上るようにまっすぐ進めるのはありがたいが、如何せん体が小さくなっているので全体で見れば牛歩の進みだろう。
道中は巨大なもみの木の枝が視界のほとんどを占領していて、ちょっとした森の中のようだ。
ミニマムサイズになった二人は短い間隔で吊られたオーナメントの数々を横切っていく。
冷え切った中庭の外気で寒いのは寒いのだが、ツリーのイルミネーションに使われる電飾はLEDではなく昔ながらの白熱灯だ。豆電球が発する金色の光は、仄かな温かさで二人を包み込んでいた。
「天使の見た目は知ってるか? 俺はガキの頃からこの辺に住んでてさ。このツリーは腐るほど見てるから覚えてるけど、アンタは?」
十年以上変わらないツリーの頂きに座った天使は、波立つようなウェーブの金髪を膝辺りまで下ろした儚げな乙女の姿をしている。
ほっそりした体で祈りを捧げるポーズをとった陶器の像は、何やら名のある意匠の作品らしい。
繊細な顔つきは見る角度によって嬉しげにも悲しげにも見え、そこが十年以上愛される要因でもあった。
去年あたりに白熱灯によるボヤ騒ぎがあり、LEDの新しいツリーに一新すべきだという市の動きで今年は撤去の如何を問うニュース特集が組まれていたが、この通り設置されているところを見るになんとか撤去の難は逃れたようだ。陶器の天使も落下時に危険だと専門家が眉間に皺を寄せて零していたのを覚えている。
「……知ってる。俺も数えきれないくらい見たから」
「そっか。なら大丈夫だな」
やけに神妙な顔つきで頷いた一星を少し不思議に思ったが、分かるならばそれでいいと頷き返す。
「なあ、ユキ」
「いきなりあだ名かよ……!」
「だって呼びたくなるじゃないか。雪雄ならユキだ、絶対。これからユキと呼ぶ」
「えー……まあ別にいいけどさあ。で、何?」
艶やかな黒髪の美少年にあだ名で呼ばれると妙にムズムズする。中身はどっちも大人だが、それでもだ。
頬が熱くなっているのを自覚しながら問うと、一星にも伝染したのか白皙の頬を僅かに火照らせ、雪雄をじっと見つめた。
うーわ。美形ってすげえなあ。否が応でもドキドキさせられる。
「ユキ、今年のクリスマスは……あ?」
「なんだよ」
「あれ」
何かを言いかけて途中で止めた一星は、雪雄の前方を指差した。
見れば、茶色い足のような何かが綿の中から飛び出て、バタついている。
二人は顔を見合わせ、恐る恐る近づいた。
見下ろせるほどまで近寄った先にあったものは。
「クッキーだ」
「クッキーだな」
「よし、行くか」
『待ってえ! 助けてえ!』
手乗りサイズのジンジャーブレッドマンが綿に頭から突っ込んで動けないでいた。助けを乞いながら。
「だーッ! ファンタジーもいい加減にしとけよ。俺もうこの状況だけでいっぱいいっぱいなんだから!」
『ええ~。助けてくれたらこの辺りを案内したげるからあっ。お願いだよう』
「ふうん。こいつ使えそうだぞユキ」
『そうだよ、ぼく使えるよユッキー』
「変なあだ名で呼ぶんじゃねえ! あとアンタ冷静すぎるだろう!」
どこまでも冷静な一星の助け舟もあり、ジンジャーブレッドマンは犬神家ポーズを脱した。ココアクッキーの人型が、雪雄の手のひら上でぺこりとお辞儀する。
『助けてくれてありがとう。珍しくこの辺りで天使ちゃんを見かけてね、お話しようと思って追いかけたら足を滑らせちゃったの。ユッキー、お礼にぼくのお手て食べていいよ』
「いらねえ……」
指のない丸い腕を差し出しながら、白いアイシングで描かれた目と口がにっこり微笑む形に変化する。
もうツッコミ所ありすぎて感覚麻痺ってきた。
だがまあ天使の目撃者が案内をしてくれるなら捜索の助けになる。こちらの事情を話すとジンジャーブレッドマンは快く受けてくれた。
しかしだ。
「悪いけど俺ショウガ嫌いなんだよ。ほれ冬野んとこ行け」
使用感のある一星の胸ポケットに差し込んでやる。アイシングには触れないよう、そこは気を付けた。なんか指で消したりしたら後が怖いし。
ショウガの臭いがつかないよう手についたクッキーのパウダーを払っていると、ジンジャーブレッドマンは一星のポケットから顔と腕だけ出した状態でアイシングの目をぱちぱちさせた。
『大丈夫だよ。ぼく、ジンジャーパウダーが使われてないんだ』
「ならジンジャーブレッドマンじゃないのか」
『ジンジャーなしのジンジャーブレッドマンだよ』
「ややこしいな。よし、今からお前のあだ名はブレッドだ」
『わーい。ぼく、ぶれっどー』
馴れ馴れしい者同士でじゃれ合う二人を他所に、雪雄は無言で足を進めた。
「先に行くなよ。どうした?」
「……別に」
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