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第53話 愛の証

 スマートフォンも弄らないで、碧は映画館のロビーで待っていた。 「碧」  武彦に名を呼ばれ、駈け寄られると、碧は破顔した。  今日は『グッドマン』のリバイバルでも、最新作でもなく、ハリウッドの別の監督がメガホンを取ったアクション作品で、『グッドマン』の総監督を務めているテオドア・ゴールマンが脚本で参加している新作映画を目当てにしてきていた。  久しぶりに休みの日が合って、映画館に足を伸ばしたわけだが、今日は結ばれてから初めてのデートの日だった。 「武彦、眠れた?」 「完璧。……と言いたいところだけど、実は今日が楽しみすぎて朝四時半に起きた。遠足前の小学生かよって」  武彦は仕事も順調で、欠員補充もきたことから、すっかり不眠症は治ったようだった。 「はー、途中で寝たら、初デートで寝る男なんてっていじられる……」  ぼやきながらも、冗談を言う顔が明るい。 「しないよそんなこと。いや、でも……するかな?」 「俺を捨てないでくれ〜、碧〜」 「何言ってるんだよ。捨てたりしないよ。ほら、チケット買いにいこう」  茶化している武彦を誘って、チケットカウンターでチケットを買い求め、映画館内に入ると、まだ予告編もはじまっていない時刻だった。 「碧」  座席に座ると、武彦が肘掛けをポンポン、と叩く。  碧が肘掛けに腕を起き、手を仰向けに置くと、武彦がその手をぎゅっと握ってきた。 「あ、はじまる」 「あー、楽しみすぎてやばい」 「武彦の手って、暖かいよね」 「そう?」  館内放送を経て予告編がはじまると、二人の間にも沈黙が降りた。スクリーンに光が当たり、スペクタクルな冒険がはじまる。 「……碧。ないとは思うけど、寝たら起こして。碧の手が気持ち良いの、忘れてた」 「しょうがないな、もう……肩、貸そうか?」  傍らで囁かれ、つい、先日の情事が蘇ってきてしまう。 (そういえば、一緒に映画観るの、久しぶりだ)  喧嘩をしてから、ずっと行動がバラバラだったからだ。でも、もう武彦と碧の間には、嘘も誤魔化しも隠し事もない。暗闇の中、手をつないだまま、映画の世界にダイヴする。  どんな困難が襲ってきても、必ず二人でここに帰ってこられると、信じることができた。 =終=

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