53 / 53
第53話 愛の証
スマートフォンも弄らないで、碧は映画館のロビーで待っていた。
「碧」
武彦に名を呼ばれ、駈け寄られると、碧は破顔した。
今日は『グッドマン』のリバイバルでも、最新作でもなく、ハリウッドの別の監督がメガホンを取ったアクション作品で、『グッドマン』の総監督を務めているテオドア・ゴールマンが脚本で参加している新作映画を目当てにしてきていた。
久しぶりに休みの日が合って、映画館に足を伸ばしたわけだが、今日は結ばれてから初めてのデートの日だった。
「武彦、眠れた?」
「完璧。……と言いたいところだけど、実は今日が楽しみすぎて朝四時半に起きた。遠足前の小学生かよって」
武彦は仕事も順調で、欠員補充もきたことから、すっかり不眠症は治ったようだった。
「はー、途中で寝たら、初デートで寝る男なんてっていじられる……」
ぼやきながらも、冗談を言う顔が明るい。
「しないよそんなこと。いや、でも……するかな?」
「俺を捨てないでくれ〜、碧〜」
「何言ってるんだよ。捨てたりしないよ。ほら、チケット買いにいこう」
茶化している武彦を誘って、チケットカウンターでチケットを買い求め、映画館内に入ると、まだ予告編もはじまっていない時刻だった。
「碧」
座席に座ると、武彦が肘掛けをポンポン、と叩く。
碧が肘掛けに腕を起き、手を仰向けに置くと、武彦がその手をぎゅっと握ってきた。
「あ、はじまる」
「あー、楽しみすぎてやばい」
「武彦の手って、暖かいよね」
「そう?」
館内放送を経て予告編がはじまると、二人の間にも沈黙が降りた。スクリーンに光が当たり、スペクタクルな冒険がはじまる。
「……碧。ないとは思うけど、寝たら起こして。碧の手が気持ち良いの、忘れてた」
「しょうがないな、もう……肩、貸そうか?」
傍らで囁かれ、つい、先日の情事が蘇ってきてしまう。
(そういえば、一緒に映画観るの、久しぶりだ)
喧嘩をしてから、ずっと行動がバラバラだったからだ。でも、もう武彦と碧の間には、嘘も誤魔化しも隠し事もない。暗闇の中、手をつないだまま、映画の世界にダイヴする。
どんな困難が襲ってきても、必ず二人でここに帰ってこられると、信じることができた。
=終=
ともだちにシェアしよう!