1 / 409

第一部 嫉妬と情愛の狭間      第1話 情交の果て 其の一

   ずっと……ずっと。  好きだって言われてた気がする。  ふわりとした夢との狭間の中で、優しい腕に抱きしめられて。  自分を見つめる伽羅色が、いっとう愛しげに細められて。  落ちてくる、触れるだけの甘い接吻(くちづけ)。  こんな幸せな夢が、ずっと続けばいいのに。    そう、思った。 「ん……」  薄っすらと目を開ければ、見慣れない天井が目に入った。  やけに高い天井だなぁと、香彩(かさい)は思いながらも、一瞬ここがどこか分からなくて、戸惑う。 (……僕……どうしてたんだっけ……?)   思い出そうとしても、頭の中がぼぉうとする。  部屋の中はいくつか明かりが灯されていた。橙色した温かみのある灯火が風に揺れ、影が大きくぐらりと動く。  どこから風がと思い、視線を少し動かせば、部屋の障子戸は開かれたままだった。  そこから落ちてくるのは、月の光だ。 (……ああ、だからこんなに)  部屋の中が明るいのかと、香彩(かさい)は思った。    少しずつ意識が浮上してくる。  ふと自分が一糸纏わぬ姿になっていることに、心の中で疑問に思った。  滑らかな上掛けが肌に触れて、ひどく肌心地が良い。もう少し肩まで掛けたいと思って腕を動かそうとするも、力が入らない。 (……あれ? 何で……)  こんなに身体が怠いのだろう。  そう思いながらも何とか腕を動かして、胸元まで掛かっていた上掛けを、肩まで引き上げる。  ふわりと。  香るのは、『御手付(みてつ)き』の香りと呼ばれる、彼のものになったという、甘い証と。  神気を伴った、森の木々にも似た、彼の瑞々しい香り。 「……あっ……」  徐々に意識がはっきりとしてくる。  ふたつの香りが、何故こんなにも身体が重く感じるのかを思い出させる。  香彩(かさい)は顔に朱を走らせた。 (……交わしたんだ……!)     想いが届いて心を通わせた、初めての情を。  顔が、熱い。    想いが通じるなんて、思ってもいなかった。  勝手に想いを募らせて、眠り薬を飲ませて咥え込んで。  そんな罪を彼は……竜紅人(りゅこうと)はお互い様だと言った。  ──いや、俺の方が酷い。  ──あれを隠して愛でていた。  ──気味が悪いって思っただろう?  竜紅人は真竜の一族の禁忌を犯した。  香彩に自分の想いを知られたくない。決して知られてはいけない想いだと分かっていながらも、切望して熱望して、そして飢えて。  そうして生み出したものは、香彩に瓜二つの生き物。  香彩は言ったのだ。  そんな風に思ったことなんて、一度もないと。それこそが貴方の、僕に対する激しさと真っ直ぐな想いの証明なのだから。  縛られたいと思った。  竜紅人の、執着と独占欲という名の、真綿のような鎖に。  何度も諦めようとした。  それでも求めてしまっていた言葉を。  もう何度も何度も、自分に刻み込むようにくれた。    ──……好きだ……かさい……っ!  ──お前は全部俺のものだ。  ──心もこの身体も。  ──全部、俺のものだ……っ!  何より一番信じられなかったのは、彼と情を交わし、胎内(なか)で灼かれた熱の多さだ。  それは竜紅人を薬で眠らせた、あの時の比ではなかった。彼によってあの時の記憶を見事に、塗り替えられたと言ってよかった。 「……りゅう」   思わず出た声が、思っている以上に掠れていて、いたたまれない。  とろりと視線を動かせて、腕を伸ばして隣にある体温を探すが、敷布に残るのは僅かなぬくもりのみ。  そっと、敷布を撫でる。  隣にいて欲しいと、ひどく甘くて恋しくて、寂しい気分に襲われた。

ともだちにシェアしよう!