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第一部 嫉妬と情愛の狭間 第1話 情交の果て 其の一
ずっと……ずっと。
好きだって言われてた気がする。
ふわりとした夢との狭間の中で、優しい腕に抱きしめられて。
自分を見つめる伽羅色が、いっとう愛しげに細められて。
落ちてくる、触れるだけの甘い接吻 。
こんな幸せな夢が、ずっと続けばいいのに。
そう、思った。
「ん……」
薄っすらと目を開ければ、見慣れない天井が目に入った。
やけに高い天井だなぁと、香彩 は思いながらも、一瞬ここがどこか分からなくて、戸惑う。
(……僕……どうしてたんだっけ……?)
思い出そうとしても、頭の中がぼぉうとする。
部屋の中はいくつか明かりが灯されていた。橙色した温かみのある灯火が風に揺れ、影が大きくぐらりと動く。
どこから風がと思い、視線を少し動かせば、部屋の障子戸は開かれたままだった。
そこから落ちてくるのは、月の光だ。
(……ああ、だからこんなに)
部屋の中が明るいのかと、香彩 は思った。
少しずつ意識が浮上してくる。
ふと自分が一糸纏わぬ姿になっていることに、心の中で疑問に思った。
滑らかな上掛けが肌に触れて、ひどく肌心地が良い。もう少し肩まで掛けたいと思って腕を動かそうとするも、力が入らない。
(……あれ? 何で……)
こんなに身体が怠いのだろう。
そう思いながらも何とか腕を動かして、胸元まで掛かっていた上掛けを、肩まで引き上げる。
ふわりと。
香るのは、『御手付 き』の香りと呼ばれる、彼のものになったという、甘い証と。
神気を伴った、森の木々にも似た、彼の瑞々しい香り。
「……あっ……」
徐々に意識がはっきりとしてくる。
ふたつの香りが、何故こんなにも身体が重く感じるのかを思い出させる。
香彩 は顔に朱を走らせた。
(……交わしたんだ……!)
想いが届いて心を通わせた、初めての情を。
顔が、熱い。
想いが通じるなんて、思ってもいなかった。
勝手に想いを募らせて、眠り薬を飲ませて咥え込んで。
そんな罪を彼は……竜紅人 はお互い様だと言った。
──いや、俺の方が酷い。
──あれを隠して愛でていた。
──気味が悪いって思っただろう?
竜紅人は真竜の一族の禁忌を犯した。
香彩に自分の想いを知られたくない。決して知られてはいけない想いだと分かっていながらも、切望して熱望して、そして飢えて。
そうして生み出したものは、香彩に瓜二つの生き物。
香彩は言ったのだ。
そんな風に思ったことなんて、一度もないと。それこそが貴方の、僕に対する激しさと真っ直ぐな想いの証明なのだから。
縛られたいと思った。
竜紅人の、執着と独占欲という名の、真綿のような鎖に。
何度も諦めようとした。
それでも求めてしまっていた言葉を。
もう何度も何度も、自分に刻み込むようにくれた。
──……好きだ……かさい……っ!
──お前は全部俺のものだ。
──心もこの身体も。
──全部、俺のものだ……っ!
何より一番信じられなかったのは、彼と情を交わし、胎内 で灼かれた熱の多さだ。
それは竜紅人を薬で眠らせた、あの時の比ではなかった。彼によってあの時の記憶を見事に、塗り替えられたと言ってよかった。
「……りゅう」
思わず出た声が、思っている以上に掠れていて、いたたまれない。
とろりと視線を動かせて、腕を伸ばして隣にある体温を探すが、敷布に残るのは僅かなぬくもりのみ。
そっと、敷布を撫でる。
隣にいて欲しいと、ひどく甘くて恋しくて、寂しい気分に襲われた。
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