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第10話 中庭の情交 其の一

 横抱きにされて蒼竜の寝室から、月明かりに照らされた外廊下へと出た。  竜紅人(りゅこうと)が歩く度に、外廊下に使われている木の、僅かに軋む音が聞こえる。  とても静かだと、香彩(かさい)は思った。  この季節には不似合いな、ひどく滄溟に似た蒼々たる夜半(よわ)の空に、昇るのは冴え冴えとした真月だ。  静寂に包まれた外廊下に、それは仄かな冷たい明かりを落とす。  見える景色の全てを、蒼く染め上げているかの様な光景の中、竜紅人は悠然と香彩を抱き抱えて歩いていた。  彼が踏み出す度に、その伽羅色の髪が揺れる。  蒼い月の光の色を微かに映して、伽羅色が綺羅綺羅と煌めく様は、まるでこの世のものとは思えないほどの絢爛(けんらん)さだった。 (……こんなに綺麗な人なのに)  軽々と自分を持ち上げてゆっくりと歩く姿に、堪らないものを感じる。  竜紅人からすれば、香彩の身体の重みなど、重い内には入らないのだろう。人形(ひとがた)を執っているが、彼の本性は竜だ。   支えられた腕や触れる手が、酷く優しく感じられて、香彩はほんの少しだけ身を捩らせた。  どこか粛然としたものを、竜紅人から感じたというのに、不似合いにも荒くなる自身の息遣いに、香彩は竜紅人の首筋に顔を埋める。  ぐっと奥歯を噛み締めて息を殺しても、吐く息に混ざる淫らな声が、いたたまれない。  竜紅人はゆっくりと歩を進めていた。  気を遣ってくれているのだと分かっている。普通に歩かれたら、その振動で溢れてくるものがあることを、彼には知られてしまっている。  その所為で、彼の下袴を汚してしまったのだから。 「……──っ!」  だがどんなに竜紅人が気を付けて歩いていても、とろりと溢れてる熱の感触に、香彩は思わず艶声を上げた。  恥ずかしくて切なくて、どうしようもない。 「……ぁ……」  気付けば何故か鼻の奥がつんとして、香彩は微かにすすり泣くように、濡れた喜悦の声を、竜紅人の首筋に擦り付ける。 「……りゅう……なかに、出し……過ぎ……」 「──ああ」  すまない、と竜紅人は謝るが、特に悪怯(わるび)れる様子はなく、剥き出しに眼前に晒された香彩の白い首筋に、そう言葉を落とす。 「お前の、あられもない姿に我慢が出来なかった」 「……っ」  まるで宥めるように、首筋に幾つか口付けられて、香彩は息を詰める。  決して嫌なわけではない。  たが今の自分の身体にとってそれは、ただただ、煽られるだけのものだった。胎内(なか)で燻る熱に反応して、きゅうと腹が切なく蠢くと、彼の吐き出したものが、とろりと溢れてくる。  口付けるだけだった彼の唇が、軽く吸い付いて、甘く食むものへと変わった。 「……んんっ……」  嫌なのに嫌じゃない。  やめてほしいのに、やめてほしくない。  自分でもよく分からない感情が頭の中を占める中、ふと開けた視界に思わず目を奪われる。 「……あ……」  神桜が満開に咲き誇る中庭があった。  甘い芳香を放ちながら、月映えに彩られて、ほのかに光り咲く『神彩の香桜(かおう)』に、香彩は意識の全てが持って行かれそうになる。  自分の名の由来となったもの。  そしていま、紅の綾紐とともに、手首に括られたものと同じもの。  藤色に近い花弁が、ふわりと舞う。  目で追えば、それは深更へと深まる空へと消えて行った。  心地良い風が吹いていたが、上掛けを巻いただけの姿だというのに、不思議と寒さを感じることはない。  空を見た時に香彩は気付いたのだ。  この屋敷に張り巡らされた結界があることを。それが暑くもなければ寒くもない、人肌が心地良い空間を作り出しているのだろう。

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