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第30話 縁結と祀竜 其の三
ああだから、と療 は思った。
だから桜香 の光の玉は、彼らに願ったのだ。
止めてほしい、と。
『核』に引き寄せられるのを、止めてほしい、と。
『河南 』という、術社会の最高峰の血脈を受け継ぐ一族がある。
麗国の北部を本拠地とし、現国主を受け入れず、独自の社会を造り上げて来た彼らは、特殊ともいえる環境の中を、当然の常識のように捉えて暮らしていた。
彼らの持つ強大かつ甚大な術力は、本来ならば一族の女性と、一族に『種胤 』を授ける、ある特殊な役割も持った家系に宿るものとされている。
女性は巫女と呼ばれ、『河南』の血筋を守るためにその一生を縛られ、巫女は女児を産むことを望まれる。
女児は巫女の『力』を全て受け継ぎ、成長と共に元ある『力』を底上げするのに対し、男児は雀の涙ほどの『力』しか受け継がない上に、やがて『力』そのものを消滅させてしまうからだ。
男児を産んだ巫女と『種胤 』の男、そして子供は、罪として『河南』そのものに殺される。
香彩 の母であった巫女は、『河南』の血族の中でも類を見ない程の、甚大な術力の持ち主だった。
だが香彩を生んで『力』を失った。
巫女と男と子供は『河南』からの粛清を逃れる為に、南を目指す。道中、追手から男と子供を逃がす為に、巫女は自ら囮となり、命を落としたのだ。
まさに血脈の宿命だった。
縁が望み通りに繋がったことは、桜香も嬉しいはずだ。だがそれが香彩の今後に関わるのだとすれば、桜香がそう願うのは無理もなかった。
真竜は特に自身に関わりがなければ、意外にも無慈悲な生き物だと、自分のことを含めて療 は思っている。
光の玉がたとえ悲鳴を上げていたとしても。
『核』と結び付いたが故に、宿体に何か影響が出たとしても。
『そういうこともあるのだ』と、雪神 と雨神 も手を差し伸べることはしなかったはずだ。
今回の件が、今後の国の祀りを担う香彩だからこそ、彼らは光の玉の願いを叶えたのだ。
「貴方の『力』が減少傾向にある今、我々を含めた様々な真竜達を召喚し、『祀りによる契約』が出来る程の『力』を持つのは、次代の大司徒 である香彩のみ。『祀り』が行われなくなれば、天候は荒れ、被害は無辜の民に及ぶ。それは避けなくてはなりません」
「矛盾と詭弁、だな。さっきからお前達は一切療を見ずに、ずっと俺に視線を向けている。さっさと言えばいい。俺に何をさせたい? それに香彩に何故『核』が存在するのか、明確な答えを貰っていないが?」
「……」
雪神 が口を噤む。視線を桜香の光の玉に落として何を思うのか、その表情からは伺い知れない。
「多分……雪神 も雨神 もオイラも、香彩に『核』があることに驚いてるし、今の段階だと憶測しか言えないよ? 紫雨 」
紫雨の深翠が見せる圧に気圧されながらも、療はおずおずとそう言った。
普段はあまり感情の起伏を見せない紫雨だったが、香彩のこととなると途端に気性が荒くなる。
構わない、と応えを返す紫雨の口調は、冷たく低い。
療は小さく息をついた。
「雄竜が発情期になると、雌竜の身体の奥に熱を吐き出すのと同時に、『核』も吐き出して、胎内に作られた『神気溜まり』と呼ばれる空間に埋め込むんだって、さっき言ったと思うんだけど……」
療の話す内容に紫雨は、相槌を打つこともせず、じっと療を見ている。
その瞳の冷たさに、療は慄然 として、唾を呑んだ。
「竜ちゃんはまだ発情期じゃない。発情期になると竜形から戻れなくなって、他の雄竜に牽制の為に咆哮するし、あからさまに匂いが変わるから。でも……発情期に近い状態だったんだろうなって、今なら分かるんだ」
飢 えて。
心を掻き毟りながら求める相手の為に、本能すら凌駕して。
飢 えて。
飢 えて。
その先にあったものが、心を通わせた心底求める者だとしたら。
まるでその心ごと食らうように、貪るのだろうと予想がつく。そしてまだ足りないのだとばかりに、渇望して求めてしまうのだろう。
「『神気溜まり』ってね、雄竜の熱を何度も受け入れていると、自然と出来るものなんだけど……きっとそこに発情期に近い状態の竜ちゃんが知らず知らずの内に『核』を埋め込んじゃったんだろうな~って」
「──この短時間で?」
「だから早すぎる信じられないって、初めにオイラ言ったんだよ。でも結論を言うと、そんな短時間でたくさん犯 っちゃったってことでしょ?」
「成る程な。……これは怒ればいいのか、褒めればいいのか分からんな、療」
先程の冷たい表情とは打って変わった、紫雨のにやりとした笑いに、療は妙な脱力感を感じながらも、深い深いため息をつく。
「そうだねぇ。オイラに聞かれても分かんないよねぇ。でも一回くらいは叱っておいた方がいいんじゃない?」
「ではお前がそう言っていたといって、軽く叱りに行くか」
「何でそこでオイラを巻き込むかなぁ。ただでさえこれからもオイラきっと、香彩と竜ちゃん、両方の愚痴を聞かされるのに」
「ではそこに俺も追加してくれ」
思わず唖然としてしまった療を見て、すっかり元の調子にもどってしまったらしい紫雨が、面白そうにくつくつと笑う。
一体何が原因で紫雨の機嫌が、直ってしまったのか分からない。
げんなりした様子で、療が深い息をついた。
「──……娘婿の愚痴でも聞かされるのかしらオイラ」
「さぁな。娘かもしれんし、娘のことを気に入ってるお前の上司かもしれんな」
「うわぁ……オイラたいへーん」
虚無に近い表情を浮かべて、感情を乗せずに言う療に、紫雨は何を思ったのか、くすりと笑いながら療の頭に、そっと手をのせた。
「……頼りにしている、療」
くしゃりと頭を撫でられる、その大きな手の熱さに、色んな感情が掻き混ぜられるようだった。
療はそれらを全て自分の中で収め、誤魔化すように、は~いと、茶化した風に返事をして見せる。
そしてそんな柔らかな空気を療は、次の瞬間には、すっと消してみせた。
紫雨が改めて、雪神 と雨神 に向き直ったからだ。
「……で? お前達は俺に何をさせたいわけだ? 俺に何を求めている?」
「そんなものは簡単え」
口を開いたのは雨神 だった。
「お主が目合 えばええのじゃ」
──香彩とえ……。
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