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第31話 縁結と祀竜 其の四

「──それは『成人の儀』の『力』の継承のことを言っているのか?」  紫雨(むらさめ)の言葉に雨神(あまがみ)は何も言わず、ただ紫雨をじっと見ていた。  それを()と捉えたのか、紫雨の纏う空気が、固く冷たいものへと変わる。  自分のことでもないのに(りょう)は、まるで触れられたくないものに、無慈悲に直に素手で鷲掴みにされて、大衆の場に引き摺り出されたような、何とも言えない気分を味わっていた。  療自身も紫雨の言っている『成人の儀』が何のことなのか、縛魔師(ばくまし)に『力』を貸す真竜として、ある程度は理解している。  『力』を継承する、成人の儀。  縛魔師の筆頭、大司徒(だいしと)は中枢楼閣の四つの門を護る式神、四神を従えている。紅麗に連れて来てくれた白虎もまた、四神のひとりだ。  四神達は門を護りながら、大司徒(だいしと)にある『力』を貸す。それは『護守(ごしゅ)』と呼ばれ、中枢楼閣を覆い尽くす程の甚大な結界だった。  『護守(ごしゅ)』は魔妖(まよう)と呼ばれる『人成らざるもの』から中枢楼閣を守っているが、実はそれは副産物に過ぎない。実際は中枢楼閣の奥にいる『人成らざる』国主の妖力を抑え込み、城へ閉じ込めるためのもの。  四神も『護守(ごしゅ)』も、大司徒(だいしと)の身の内に宿る。  それを引き継ぐ為の伝承法がある。  大司徒(だいしと)の『力』の源でもあり塊でもある、『精』に宿る四神と護守(ごしゅ)を、身体の奥深くに受け取ること。  そう、契るのだ。 「……雨神(あまがみ)。何でいま、そんな話を……?」  話に入らない方がいいと分かっていた。  自分が思っている以上に繊細な話だと、療は分かっていたのだ。だが秘密裏に密やかに行われるはずのものを、表に引き摺り出すような真似をする雨神(あまがみ)に、療は疑問を感じていた。  流石に療に聞かれてしまっては答えざるを得ないのか、雨神(あまがみ)にしては珍しく嘆息する。 「『力』の継承によって、香彩には四神と『護守(ごしゅ)』が付くえ。四神は新たな主が『力』を奪われることに敏感に反応するえ、香彩の『力』を核より護りゃ」 「──四神に……香彩の『力』を……?」  療は茫然と呟きながらも、紫雨を見る。  紫雨は冷たい雰囲気を纒いながらも、状況を理解したのか、成程、と小さく呟いた。 「術力はやつらにとって養分だ。宿って早々に『核』に全て奪われたんでは……堪らんだろうからな」  人の悪い笑みを浮かべて紫雨は、面白そうに鼻の奥で笑う。 「だから目合(まぐわ)い、『力』を継承させろと、わざわざこちらに出向いてきたというわけか。香彩も随分気に入られたものだ」 「(われ)とてここまで介入しとうないえ。仕来(しきた)り通りならば、香彩はまだ何も知らんや。本来なら心の準備も必要なところを、『核』が胎内にあることもえ、身内と目合(まぐわ)い四神を継承することもえ、受け入れて貰わねばならんのえ。不憫で愛しゅうて堪らんや。のう雪の」  雨神(あまがみ)に対して雪神(ゆきがみ)は習慣のように、そうだな水の、と(いら)えを返す。 「……時に、この光の玉を我が手の内に収めておけるのも限りがあることを、貴方にお伝えしておきます。紫雨」  雪神(ゆきがみ)の言葉に、紫雨が眉を顰める。  彼の纏う雰囲気や気配が一層冷たいものへと変わるのを、療は敏感にも全身で感じていた。  それは背筋を()い舐める、瞋恚(しんい)の焔。  決して表情に顕すことのない彼だ。だが内にある銷魂(しょうこん)の闇を覆い隠した深翠は、雄弁に語る。  ──既に定められた、どうしようもない決定事項が、気に食わないのだと。  だがどんなに紫雨が気に入らないのだと思っていても、『力』と『核』両方を救う最善の方法などそれ以外にないのだと、雨神(あまがみ)から答えを貰った時点で紫雨も分かっているのだ。  だから余計に、その時期すらも決まっているのだとばかりの雪神(ゆきがみ)の言葉が、正しいと分かっている分、気に食わないのだろう。 「──何時(いつ)だ?」  これ以上冷ややかには言えないと思える程の響きで、もしくは心の芯までも凍るような冷たい言い方で、紫雨は尋ねる。  そんな紫雨の気配を物ともせず、儼乎(げんこ)たる口調で雪神(ゆきがみ)は言う。 「次に我々が香彩に最も近付き、内なる香彩に接触する契約の時、と」  まるで冷水に触れたかのように療が、はっとする。  紫雨もまた嘆息するが、その息遣いは苛立ちの気持ちの現れか、どこか荒々しく震えていた。  それは雨神(うじん)の儀だ。    冬の先触れである雪神(ゆきがみ)と、春の先触れである雨神(あまがみ)との交替の儀式でもあり、雨神(あまがみ)に今年の雨を約束させる為のもの。  兆しの長雨(ながさめ)を彼らが降らせると、雨神(うじん)の儀の吉日が知らされ、召喚の為の準備に入るのだ。 「……近日中に、兆しである春冬(しゅんとう)長雨(ながさめ)がこの地上に降りるでしょう。吉日は仕来たり通りに、春冬の長雨、覚醒の颶風(ぐふう)が吹いて七日後の早朝……──あまり(とき)はないのだと思って頂きたい。我らが内なる香彩(かさい)に触れる時が、『核』とこの光の玉の(えにし)が繋がる時だと」  

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