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第79話 無自覚 其の二

 湯殿へ通じる引き戸が、ほんの少しだけ開いて、そこからこちらを覗き込むようにして香彩(かさい)が顔を出した。  湯浴衣を着て湯船に入ったあと、そのまま上がって来たような姿に、蒼竜は息を呑む。  一度湯に使った白い湯浴衣は肌に貼り付いて、まるで透けているようにも見え、昨日見た裸体よりも扇情的だった。また髪が濡れないようにする為なのか、高く結い上げた髪を団子状に纏めている所為で、ほんのりと色付いた項と、耳裏から首筋にかけての綺麗な線が露になっている。  本当にどれだけ人のことを煽れば気が済むのだろう。 「……僕さ、その……洗い終わったから、一緒に入ろ。今の大きさだったら、竜紅人のこと洗ってあげられるし」  ああ、本当に。 (……どれだけ煽ってくれれば、気が済むのだろう)  頭の中にある理性のいう名の糸が、少しずつ解れていくのが分かる。  ただでさえ竜形で、『獣性』の方に偏りがあるというのに、目の前の愛しい存在は、いっそ無邪気なほどに無防備だ。 (これで無意識、というのが恐ろしいな)  しかも本人は全く自覚がないのだ。  全身で自分のことを信頼し、甘えてくる。  好きだと、伝えてくる。  蒼竜は深くて大きなため息をついた。  お互いに今日から仕事だ。その早朝と呼ぶにはまだ早い時間だが、あともう数刻後には執務室に入って仕事を始めているだろう。 (……少し早目に行って、昨日の報告をしなくてはならない)   それに香彩は、次の国行事の為の前準備がある。覚醒の颶風(ぐふう)がいつ吹くのか分からない状況だ。  国行事、『雨神(うじん)の儀』は、春冬(しゅんとう)長雨(ながさめ)が降り、覚醒の颶風(ぐふう)が吹いて七日後の早朝が吉日とされている。 (……そして)   覚醒の颶風(ぐふう)が吹く前に執り行われる、成人の儀。四門を護る四神をその身体に宿らせ馴染ませる為に、儀式後は休息を必要とするという。  その期間を考えれば、儀式は数日中だろうと蒼竜は予想する。 (……あいつは)   自分以外の男の手管に、どんな表情を浮かべ、どんな風に啼き、果てるというのだろう。  ぎりっと蒼竜は奥歯を噛み締める。  幾度抱いて、腹が膨れるほど奥に熱を注いでも、どこかこの身体が渇いて渇いて仕方がないのは、完全に自分のものにすることが出来ない反動なのか。 「……りゅう?」  入ろ? と聞いてくる愛し子の声が、あまりにも無邪気過ぎて、邪な考えが蒼竜の頭の中を(よぎ)る。  崩れていく理性と渇いた心。  無防備にこちらを見る、熱を発散したばかりの瞳。  蒼竜は、ああ、と固く(いら)えを返したあと、その小さな竜体を宙へ浮かび上がらせた。気休め程度に竜翼を羽ばたかせて、香彩の腕の中に収まる。  とても大事そうに、きゅっと抱き締められて、冷たい鱗の身体が熱を持ちそうだ。  細い首を持ち上げて、もう何度目になるか分からない接吻(くちづけ)を交わす。紅く色付いた唇を舐めれば、香彩は素直に蒼竜の長い舌を口腔へと受け入れ、絡ませる。 (……遅刻しない程度にしないとな)  休み明けに遅刻などさせたら、それこそ何を言われるか分かったものではない。 (それでも……!)  香彩の身体に自分の匂いを付けて牽制したくなるのは、昨夜の神桜の件について、香彩は報告の為に上司でもある紫雨(むらさめ)に会うのが分かっているからだ。  香彩の腕の中にいた蒼竜は、再びその大きさを人形(ひとがた)と同じくらいに変化させる。  驚いた香彩何やら文句を言っていたが、熱の籠った瞳が欲に揺らめくのを、見逃す蒼竜ではなかった。  白い肌に貼り付いた湯浴衣を背後から捲り上げれば、白桃のような瑞々しい(いざらい)が現れる。  その柔らかさを丸みを堪能するように撫で上げて。  再び身体の一番奥に匂いを付ける為に、真竜の剛直を蕾に突き立てたのだ。

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