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第130話 幽閉 其の一
はぁ……、と熱い吐息が、お互いの唇に掛かる。それは欲を伴うことのないもの。慰められ、慈しまれるような優しい接吻 だった。
蒼竜を見届けると言った香彩 を、憐れにでも思ったのだろうか。お互いの唇が離れた後でも、紫雨 の唇は再び香彩 の額に、目蓋に落ちる。そして堪らないとばかりに、香彩 の身体を支える腕に力を込めた。
空へと舞い上がった白虎は、黄竜の気配を追って宙を駆ける。その脚力は真竜の飛翔力と比べても引けをとらない。
やがて前方に黄竜が見えてくると、白虎は駆ける速さを緩めた。
黄竜に首筋を銜えられた蒼竜の、無防備にぶら下がった竜体が、宙に揺れる。ぽたぽたと落ちるのは、食い込んだ鋭牙から溢れる蒼竜の血液だ。
真竜の竜体はとても丈夫だ。多少の怪我ぐらいでは、びくともしない。だが黄竜の鋭牙から流し込まれている神気が、そうさせるのだろう。蒼竜はぐったりとしていて、その竜体を動かす気配も見せなかった。
やがて前方に、目的地である蒼竜屋敷が見えてくる。
竜紅人 が竜形である時に過ごす目的で建てられたこの屋敷は、全体的に背を高く作られていてとても大きい。
回の字によく似た造りの中央で、黄竜は器用に羽撃きながら降下していった。そして屋根に差し掛かった辺りで、鋭牙を外す。
ぐったりとしていた蒼竜は、為す術もなく中庭へと落とされた。黄竜はそんな蒼竜を見張るかのように、門の屋根の上へと降り立つ。
それは重さを感じさせない動きだった。黄竜ほどの巨体が屋根に乗れば、それこそ建物の軋む音などが聞こえ、下手をすれば屋根や建物が壊れそうなものだが、そのような気配など微塵も感じることはない。
黄竜の何やら不思議な神気が働いているのだろうか。
身体に力が入らず、紫雨 に寄り掛かったままの香彩 がそんなことを思う。
白虎が地に降り立った。
その場所は蒼竜屋敷の大きな門の前だ。
見上げれば、まるでこの屋敷の主 のように、黄竜がいる。蒼竜に動きがないことを確認したのか、狗が伏せるような体勢を取りながら、紫雨 と香彩 を見下ろしていた。
そんな黄竜を見遣りながら、香彩 を横抱きにして、紫雨 が白虎から降りる。
「──白虎。少し香彩 を頼む」
紫雨 の言葉に、白虎が応 えを返すように唸声を上げた。
伏せの体勢になった白虎の横腹に、紫雨 は香彩 を預ける。ふわっとした毛並みの尻尾が香彩 を包み込めば、そのあまりの気持ち良さに、香彩 は縋るようにこの身を寄せた。
そんな香彩 の様子に紫雨 は、くつくつと笑うとその大きな手で香彩 の頭を軽く撫でて、背を向ける。
以前にこの屋敷の結界を張った時に立ったと思われる場所で、紫雨 は歩みを止めた。
書き変えるのだ。
蒼竜屋敷の存在を薄く見せ、人払いの効果を持った物から、蒼竜そのものを幽閉する物へと。
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