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第195話 成人の儀 其の六十一★            ──獅子と真竜──

 華奢な香彩(かさい)の白い身体を組み敷き、見下ろす紫雨(むらさめ)の深い翠水は、捕食者のような光を宿していた。一夜の夢でしか与えられない獲物に、甘美で淫猥な感情を隠しもせず、ただひたすら貪り食う。だがその姿はけっして醜いわけではなく、むしろ近寄り難い高貴な獅子の姿を思い起こさせた。獅子は先程のどこか超然とした表情を捨て去ったのか、舌舐めずりでもするかのように薄く笑い、その息を荒らげる。  そして香彩の耳元でもまた、荒々しい息遣いがした。目の前の獅子に囚われてくれるなとばかりに、熱い息と、時折混じる真竜の唸り声を、香彩の耳に吹き込む。見ることは叶わないが、どこか冷たく、だが熱い眼光の鋭さをもった真竜の眼で、自分を見ているのだろうと香彩は思った。 「あ…、ああっ!あ…、あっ、あ……っんんっ…… 」   圧倒的な質量を持ったふたつの熱の肉塊が、胎内(なか)を更に蕩けさせていく。  その熱さと。  凄然たる心。  獅子のような鋭い深翠の眼光は、香彩を冷然とした過去へと突き落とす。  だが獲物を求める真竜の唸り声と熱い息遣いが、香彩を現実(ここ)に縛り付ける。  冷水を浴びせられたような心とは裏腹に、身体は三度の熱を浴びたにも関わらず、最後の熱を求めて自ら腰を揺らす。  身体が震えた。  腹の底が燃えるように熱くなり、視界が更に潤んで揺らいでいく。  気付けば腹の辺りに掛かる、とろりと溢れ出るものに、香彩はそれが自分の熱だと遅れて理解した。勢いのないそれは、だらだらと腹から腰へと流れ落ちる。  やがて幾度も幾度も腹奥から押し寄せる、深い悦楽の波に、竜紅人(りゅこうと)に押さえ付けられている香彩の白い足が、受け止めきれなかった快楽を散らすように、びくりと跳ねた。 「は…、はぁ……ああっ、あぁ……」 「……かさい……っ!」  身の内からくる快楽に灼かれながら香彩は、どこか苦し気な声を聞く。  自分を見下ろす男の、欲を顕にした顔を見た。  だがその色欲を孕む、自分と同じ深翠がどこか濡れて光り、揺れた気がして、香彩は刹那の内に息を呑む。 「……あの時のことを……忘れたことなど一度もない」  荒々しく息を吐きながら、欲に掠れた官能的な低い声が、上から降ってくる。 「ずっと……ずっと後悔をしていた。お前にどう償えばいいのか分からないまま、ここまで……ここまで来てしまった……かさい」  何かとても大事なことを言われている気がするというのに、今の香彩には目の前の紫雨が、欲に浮かされながらも、どこか痛く切ない表情をしていること以外、理解出来ないでいた。

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