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第255話 夢月狂 其の九

 身体の震えが止まらない。  息をすれば香る、森の木々の香りが酷く恐ろしく怖いものに思えてくる。竜紅人(りゅこうと)が側にいることの証明だというのに、いてほしくないのだ、()てほしくないのだと心の中で叫ぶ自分がいる。  途端に、違うだろう、という自分の声が心の中で過り、香彩(かさい)の身体はびくりと跳ね上がった。  不自然に身体の震えが止まる。  嫌だ、()てほしくないと思っていた感情が、凪いでいく。  そう、()て貰った方がいいのだ。   切れない恋縁(こいえにし)を切って貰う為に。  いまは使われていない、大きな屋敷と屋敷の間にある暗がりの狭い路地に、荒々しい男の息遣いと衣擦れの音だけが響いていた。  後ろから口元を大きな手で覆われながら、掻き抱かれる。男は香彩の首筋に顔を埋め、舌を這わせながら髪を解き、武骨な指が愛でるように何度も何度も梳く。  ──香彩様。  ──ずっとお慕いしておりました。  耳にそう吹き込まれながら、髪を愛でていた手が身体の線をゆっくりと(なぞ)る。  髪から首、胸、腰の括れ、そして(いざらい)へと。  ──先程、紫雨(むらさめ)様と接吻(くちづけ)される貴方様を見てしまったのです。  ──どうか、どうか一度だけ、この劣情を……! お情けを……っ! (──え)     あの時、いきなり暗がりの中に連れ込まれて、抵抗しても力で敵うこともなく、胸を屋敷の外壁に押し付けるような体勢のまま、袴を破かれた。今からこれを挿入(いれ)るのだと分からせるかのように、晒された(いざらい)の双丘に擦り付けられる男の(いき)り勃った物に、気が動転して必死に抵抗していた為か、香彩は気付かなかった。  その声色に、聞き覚えがあることに。  ──あ……あっ、痛っ、や、いやぁ……っ!!  ──かさいさま、かさいさまっ……!  何の前戯もなく、いきなり後蕾を穿たれる痛みに香彩が泣き叫んでいる。男は香彩のことなど構う様子もなく、自分の欲望と快感を満たす為だけにひたすら腰を振る。 (──ああ)  自分はこの声を知っている。 (……どう、して……?)  どうしてあの時、気が付かなかった。 (なんで……っ!)  何で彼がこんなことをしたのか。  その後に何食わぬ顔で自分の前に現れたのか。  気が遠くなりそうだった。  自分が全く想定していなかった人物に、これは招影が作り出した幻影なのだと、思いたかった。 (……だけど、あの声は……!)  

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