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第388話 求愛 其の七

 竜紅人(りゅこうと)が訝しげに形の良い眉を上げる、その動作ですらもう心を動かされることのないように。   「竜形がいいのは熱を貰う為、だったんだよ竜紅人。僕は貴方を利用した。初めは竜形から熱だけを貰って、ここを去るつもりだった。貴方と話すのが怖かったから、貴方の僕を見る目がどんな風に変わってしまうのか、知るのが怖かったから。ここじゃないどこかに行って、そこで小竜達を育てようって思った」    香彩(かさい)の言葉を、竜紅人がじっとその姿を見据えて聞いている。その心内がどうしても読めない。  こうなれば香彩の言うことを徹底的に聞いてやろうという視線なのか、それとももう既に呆れてしまっているのか。  こくりと生唾を飲む。  竜紅人の視線の毅さに、肩から落ちそうになる上掛けの合わせ目をしっかり掴みながらも、香彩は座りながらじりと、少しばかり後退りをした。   「だけど僕が……小竜達を、桜香(おうか)と紅竜を駄目にした。夢床(ゆめどの)壌竜(じょうりゅう)の思念体に会ったんだ。本来なら一緒に現れるはずの桜香と紅竜がいなかった。いたのは……空虚でがらんどうな竜核だけ。僕が貴方から離れようとしたから、縁が薄くなって『足りなくなった』って。二人は卵殻も、自我も気配すらもなかった」    香彩は竜紅人を見つめながら、更に後退る。  ようやくそれに気付いたのか、それとも気付かぬ振りをしていたのか、徐に竜紅人が立ち上がった。  香彩が後退した分、じわりと彼が距離を詰める。だがある一定の距離を開けたまま、竜紅人はそれ以上香彩に近付こうとはしなかった。  竜紅人の端正な顔が、どんな感情を心内で思うのか分からない真顔のまま、ただ香彩を見つめている。  香彩は震えそうになる唇を、きゅっと噛むことで何とか堪えて言葉を紡いだ。   「──ね? 竜紅人。僕は蜜月の貴方に何も出来なかった。しかも、純粋にこの身体も僕の不注意で『貴方だけのもの』じゃなくなった挙げ句に、僕の勝手さが貴方の植え付けた竜核を駄目にした」    衣擦れの音を立てて香彩は、竜紅人に向かって正座の体勢を取る。そうして手を付いて、額を敷物に擦り付けようとしたその時だ。  ぐいっと肩を掴まれながら引き戻されて、香彩は驚いて竜紅人を見た。   「……そうじゃ、ねぇだろ……香彩」    いつもよりも低く掠れた声でそう言う彼の伽羅色が、苦し気に歪められている。瞳の奥に揺らめく怒りの焔が垣間見えた時、香彩は理由は分からないが、自分が何か彼に対して間違ってしまったのだと気付いた。

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