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第387話 求愛 其の六

 香彩(かさい)は瞬時の内に顔を赤らめた。耳まで熱くて堪らない。  そして彼の自分を見る瞳の緩やかさと甘さに気付いて、香彩は思わず視線を逸らした。そんな香彩の態度にも決して機嫌を損なうことなく、むしろ更に面白いのだと言わんばかりに竜紅人(りゅこうと)が笑う。  香彩にとって竜紅人の人形(ひとがた)は特別だ。幼竜の姿だった竜紅人が初めて人形を執る際、幼い頃の香彩がその場に居合わせている。熱が出て苦しんでいる彼を看病しつつ、傍にいてくれと言われてずっと竜の爪を握っていた。熱が引いてようやく人形となれた時、初めて見たその姿に幼いながらにも、誰にも取られたくないと思ったのだ。   (そう考えたら、竜紅人の言う通りだ)    決して竜形が嫌いなわけではない。竜形の彼と交わることが出来るのは、竜紅人が全てを自分に曝してくれているかのようで、嬉しくて仕方ない。  竜形も人形も、竜紅人だから──。   「……竜紅人だから好き、なんだよ」 「──っ、だからお前なぁ……」    膝を抱え込むようにして座る香彩は、更に熱くなる顔を半分だけ腕の中に隠す。  視線は竜紅人から逸らしたままなので、彼がどんな顔をしているのかは分からない。だがその口調は呆れているようでもあり、どこか甘さを残しているようにも感じた。   「……かさい」    竜紅人が呼ぶ。  少し強くなったその呼び方は、こちらを向けと言っているのと同意なのだと、長い付き合いの中で分かっている。   「──かさい」    息を詰めてじっとしていると、今一度名前を呼ばれた。  今度は先程よりも更に強く。だが焦れているような甘さも再び含まれて。  焦れ過ぎて竜の聲を使われては敵わない。そう思った香彩は赤らめた顔のまま、竜紅人を見る。  彼は真っすぐに香彩を見つめて腕を伸ばしていた。竜紅人の手は香彩の腕に触れる直前で止まる。   「触れて……いいか? かさい」    囁くような色を含んだ声に、香彩はびくりと身体を震わせながらも、無言のまま首を横に振った。  触れて欲しい。  その温かい手で、あますことなく。  そう思うというのに。   「この身体はもう純粋に、貴方だけを知る物ではなくなった。触れたら貴方が穢れてしまうから、だめだよ……りゅう」 「──竜形はいいのに、か? かさい」 「……っ!」    香彩は再び息を詰める。  目を逸らしたくて堪らないのに、向けられる毅い伽羅色が香彩の視線を竜紅人へ縫い付けるかの様だった。  竜形は良くて人形は駄目。  その理由を話さないことには、竜紅人は納得してくれないだろう。   (……ああでもそうしたら)    今度こそ呆れられて、愛想を尽かされるかもしれない。  がらりと変わる視線の冷たさに対して、自分はまだ予防線を張れていないのだ。  だが話さないといけない。  香彩は大きく息を吸って吐いた。その呼吸ひとつで覚悟を決めたかのように、香彩の雰囲気が変わる。  

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