12 / 12

寒空_12

本当は一緒に連れていってほしかった。 一人にしないでほしかった。 置いていかないでほしかった。 ご主人様と一緒に、死んでしまいたかった。 私の最初で最後の我儘は、結局聞いてもらえなかったのだけれど。 「ご主人様との約束があるんですよ。だから私はまだ死ねません」 食べかけのベーグルサンドへと視線を落とす。 こんなに美味しいならもっと早く食べてみたかった。そうしたらご主人様にも食べてもらえたのに。 「その約束って、俺が聞いてもいいやつ?」 「…………そうですね。もっと色んな初めてを経験する事。見た事のないこと、した事のないことを沢山経験して、ご主人様に沢山のお土産話を作れたら一緒に来てもいいと言われました」 僕が飽きることが無いぐらい沢山の思い出を、私が貰った最後の言葉。 「…………まさかあんだけ酒飲んでたのって、その初めての経験ってやつに二日酔いを当てはめたのか?」 「まあそんな所です。アルコール自体そんなに飲んだ事がなかったので」 「にしたってお前、もうちょっと何かあんだろ。そのご主人様ってのも、もっと違う意味で言ったと思うぞ」 呆れ眼の明幸さん。彼の言っていることは恐らく正しい。だけど……。 「そう、なんでしょうけど…………何をしたらいいのか分からなくて」 「…………」 「何も出てこないんです。考えれば思い出ばかりが浮かんでしまって、一人でやりたい事なんて何も浮かばない。一昨日だってたまたま酔っ払っている方を見かけたので、やってみようと思っただけなんですよ」 それでもこの一ヶ月何もしなかったわけじゃない。けれど結局、何をやっても虚しさが募るだけで、到底お土産話になんてなりやしなかった。 「――なら、俺とやってみるか?」 「え……?」 「一人じゃ思いつかないなら、俺が一緒にやってやるよ」 「……はい?」 自分の思考が追いつかないことを言われると、人間と言うのは固まるらしい。そんな私の事など気にもせず、明幸さんは話を進めていく。 「アンタ、仕事は?」 「元々ご主人様の秘書をしていたので、今は無職です。貯蓄がありますので、それで……」 「よし、じゃあ明日からは俺の助手。決定!」 「え……ちょっと、待ってくださ――」 「始業は七時!このあと午後も検診あっから、みっちり雑用覚えてもらうぞ」 「あの、話を……」 「さーて、昼休憩は終わりだ!さっさと戻るぞー」 呼び止めようと伸ばした手には食べかけのベーグルサンドが残っていて、「早く食えよー」と明幸さんは院内へと戻っていってしまう。 「……なんて人の話を聞かない人、いや吸血鬼なんだ」 口から出た悪態とは裏腹に、何故だか胸が高鳴っている。さっきと同じだ。やはり未知の生物への好奇心、それとも別の何か……。 「世の中にはまだまだ知らない事が沢山あるのですね、ご主人様……」

ともだちにシェアしよう!