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1-対面式ドリンキングバード(8)

「あー。ほらきのぴー、きのぴーが辛いのいっぱい使ったから、食堂の人が補充しに来たよ」 振り返ると、調味料が並べられたコーナーに、割烹着姿の人影があった。 「でしょうね。カウンターで、唐辛子を使い切りますって伝えておきましたから」 城崎さんは平然とそう言った。 「かけすぎじゃない? きのぴー辛いのかける時、内蓋外してたでしょ」 「だってあんな小さい穴から振り出してたら、いつになっても終わりませんよ」 しれっと言う城崎さんの丼の上には、赤い粉末が山を作っている。 「唐辛子を麺にまぶす勢いですね。噎せそう」 俺がそう言ったら、城崎さんがふふっと笑った。 「慣れてますから。噎せたりしませんよ。大丈夫」 あー! だからダメって言ってるじゃないですか! 笑顔はダメって! 俺言いましたよね! どきどきするから! なんか乙女みたいなきらきらが見えるし! 同い年の男が真っ赤な担々麺啜ってるだけなのに、なんできらきらエフェクトかかるの! ……え、笑顔ダメって言ってない? あそう、言ってないか。どきどきしすぎてよく分かんなくなってきた。 でも何が何でも、もう限界なんです! いけ! いけ俺! 「城崎さん」 「はい?」 呼んだら城崎さんがまだ少し微笑んだまま、俺を見た。 うっ。眩しい。 自分の頬がどんどん火照っていくのが分かる。 でももうだめだもん。 言うって決めたんだもん。俺言うよ! みんなも聞いて! 「好きです。付き合ってください」 途端に視界の隅にうつる灰谷が、両手で顔を覆って嘆き始めた。 「早いよぉ。早いよしろやん。相変わらずの早さだよしろやん。もう少しお互いのことが分かってから告白しよって俺何度も言ったじゃん。学生の時あんなに反省会したじゃん。まだきのぴーはしろやんのこと、履歴書の内容くらいしか知らないんだよ。しろやんだってきのぴーの見た目と職位と辛いもの好きってことくらいしか知らないじゃん。やっぱり早いよぉしろやん……」 聞こえない。灰谷の言うことなんか何も聞こえない。 城崎さんが口を開いた。 期待で心臓が止まりそうだ。世界がスローモーションになるような錯覚が俺を襲う。 「冗談は」 あれ? 「顔だけにしてくださいね」 言い終わると同時に世界は通常再生に戻り、灰谷が嘆き続ける。 「なにこの二人、両方とも問題児ってどういうこと? 俺の負担大きすぎない? とりあえずダメだよきのぴー。よりによってそれ一番言っちゃダメなやつだよぉ」 城崎さんが灰谷を見る。 「あ、もちろん美醜について言ったわけじゃないですよ? 私そんなひどいこと言いました? 褒めてもいないですけど、貶してもいない角の立たないラインのつもりなんですけど。だって白田さん、顔立ちがどう見ても未成年じゃないですか。明らかに成人式前の純真さですよ。今時の小学生は大人びてますし、なんなら十二歳でもとおりますよ」 「しろやんに年の話はNGなんだってば」 あはー。 十二歳だって。ま、ね。 灰谷は気を遣ってくれてるけど、俺は言われ慣れてるし、幼く見られてもそんなに傷つかない。 それに、そんなことはどうでもいい。 それよりも、だよ。 俺、フラれたね。あっさり。

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