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2-雨降りパーティナイト(5)
「ないないない、ないよーっ!」
大事な金曜日……の定時を過ぎた十八時。俺はロッカーの中身を全部出して、探し物をしていた。
クリアファイルの中……なし。
分厚いバインダーの隙間には……なし。うぅ。
書類の整理ボックスの中……やっぱりない。
ていうか、俺はここに来てまだ間がないから、探しまわるほど荷物はない。
だから、こんな騒がなくても断言できる。
探し物はここにない。
「はああぁ、約束の時間に間に合わないー」
床に膝をついたまま頭を抱える。
「店開いてるのか白田。ろくなもん入ってねーな」
通りすがった先輩に冷やかされながら、必死に記憶を手繰った。
今探してるのは、一緒に仕事をしている高山さんにもらったはずのメモ。メモにはとある業者の電話番号が書いてある。
業者に今日連絡する予定だったのだけれど、今日は高山さんが休暇で、そのため事前に番号のメモを貰っておいたはずなんだけど。入れたつもりになっていたクリアファイルの中には見当たらなかった。
あぁあぁあぁ、俺の馬鹿。なんでメモ用紙になんか書いたんだ。手帳に書き込め! 失くすから!
「宗吾に電話でもすればいいだろ」
先輩はそう言うけど。あ、宗吾って高山さんね。高山宗吾さん。
「駄目なんですぅ! 初奈ちゃんがすぐ出てくれるんだけど、パパに取り次いでもらえないんですぅー!」
「はぁ? ははっ、宗吾の家ウケるな」
笑い事じゃないんだよぉ!
高山さんの携帯に電話すると、「もちもち、たかやまはなです。はなはかわいいおようふくもってるのよ。ぴんくで、うたぎたんのぼたんがついてるの」と、高山家長女の初奈ちゃんが延々喋り続けて、よっぽど楽しいらしく、何を言ってもこっちの声には反応してくれない。向こうがどういう状況か分からないけど、初奈ちゃんが完全にパパの携帯を独占していて、高山さんへのメッセージももちろん伝わらない。
「業者の営業のおじいちゃん、メールだけだと、気づくまでに時間かかるんだよなぁ……」
「他にその業者使ってるやついねーの?」
「いないです……」
絶望的。今ごろは会社出て電車乗ってるはずなのに。城崎さんと一緒に!
遅くなりそうだから、城崎さんには先に行ってもらった。
業者に連絡するの、諦めて来週にするか?
いやいやいや、納期まで短いから、一日でも早く連絡した方がいい。いいんだけどさぁ。
もう向こうも定時過ぎてて、さすがに今日からは取り掛かってはもらえないから、来週連絡しても同じなんけど、気持ちって大事じゃん。こっちもぎりぎりなんだって。
「白田、すごい顔してるぞ。必死。すげー必死」
「今日、大事な用があるので……」
そろそろ城崎さん、灰谷の家に着いたかな……。
夕飯鍋にするって灰谷言ってたな……。
三人だからさ、どう座っても、城崎さんの隣に座れるんだよ。仲良くなる予定だったのにな……。
「なんて業者?」
「品川印刷……」
帰りは城崎さんと二人きりになれるはずだったのに……。
「なんだ、早く言えよ。品川のじいさんなら俺も連絡先知ってるぞ」
もう一回誘ったら、城崎さん……え、今何て!?
「ほら名刺」
目の前に、探し求めていたものを突きつけられた。
「そそそそそ、宗さん、なんで持ってるんですか!」
「異動前の部署で、一回見積もりだけ作ってもらったことがあったから」
「貸してください! すぐお返ししますから!」
「いいよ、急がなくて」
先輩が神様に見えた。業者に連絡して、先輩に名刺を返して、早足で会社を出た。
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