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第1話

紀伊(きい)さん。これでどうですか?」  福島さんが熱を充てた花びらを持ってきた。 「うーーん。ちょっと緩いかな。もうちょっとだけ熱を充てる時間長めにして縁にカーブをつけて。失敗してもいいからチャレンジしてみて。焦げるのが怖いかもだけど、その内ギリギリセーフを感覚で覚えるから」 「はーーい」  布花工房【nunohana sakuya】いつもは僕ひとりなんだけど毎年9月位に服飾専門学校の職場体験の実習生を受け入れている。今年は女子5名。男子1名。週に2、3回。一ヶ月の間、青梅にある工房まで変わるがわるやってきて勉強したり、手伝ったりしてくれている。今日は工芸科で帽子を専攻している福島さんと服飾科で舞台デザイン専攻の兼子君。  男の子は珍しい。というか初めてだ。  実はちょっとだけ困っていることがある。兼子君が実に僕のタイプだからだ。  自分で作っているんだろうか。いつも服飾学校の生徒らしいモードな服を着ている。今日の素材はシルクかな? 黒いシャツの袖と襟元に深い紫のアクセントが少しだけついている。肩まで伸びた癖のある黒い髪の先もラメの入ったパープルで染めていた。彼の白くて細くて長いそれでいて骨ばった男らしい体に全てがバランスよく似合っている。  だいぶ幼い頃から自分の恋愛対象が男性であることは自覚していた。幾度か好きな人もいたが告白すらできず、かと言って割り切って好きでもない相手と付き合うことも出来なかった。  仕事が順調で忙しくなり、いつしか自分は一生恋愛はしないのだと腹を括ったら仕事に集中できた。東京ではあるが緑の多いこの青梅に工房を構え、畑を作ったり、近くの温泉に行ったりして楽しく生活をしている。恋人はいなくても白い布を染め、形づくり立体化させ美しい花を咲かせられることが何より幸せだ。好きなことを仕事に出来ただけで十分幸運だったと思う。自然に触れ、自然の色を感じ、それを切り取り偽物の花に移す。出来れば神の御手の造形に少しでも近く、願わくばそれ以上の輝きをと願いながら日々花を作り一生を終えられたら本望だった。  きっと自分の恋愛のターンは来世なんだな。  しかし美しい造形はいい。20歳の彼は黒い百合だ。闇に溶けるほどの漆黒なのにその存在を否が応でも知らせてしまう強い香り。まだ何者にもなっていないけれど何者にでもなれる強さと希望、生命力と自信に溢れている。荒々しい、その熱量と生命力が眩しい。きっと成功するだろうオーラを纏っている。この研修が彼のこれからの製作の一助になる体験になれば嬉しい。せっかくだから自分も彼から感じる強いインスピレーションを楽しもう。久しぶりに大きな百合を作ってみようかな。 「これでどうですか?」  福島さんが修正した花びらを持ってきた。 「うん。いい感じ。じゃあ、あと200枚作ったら組み立てるから教えてねーー」 「えーーそんなに?」  可愛らしく不満を言う彼女は帽子専攻なだけに、いつも可愛い帽子をかぶっている。ここで勉強して帽子と同じ生地でお揃いの花を作りたいらしい。 「終わりました」  どさっと薔薇のはなびらが目の前に山積みにされた。兼子君だ。早い。そしてすっごい綺麗な仕上がり。 「どれも綺麗、兼子君は器用だね」 「ありがとうございます」  ぞんざいにそう言うとまた席に戻って黙々と作業を続けている。彼、超無愛想なんだよなーーなんか自分の欲望がバレてて不愉快に思わせちゃってるんじゃないかってドキドキしてしまう。15も年上のしかも男がそんな気持ちを自分に持ってるなんて絶対に気分悪いだろうから気をつけないと。  しかし彼は勉強熱心なのか、布花に興味があるのか毎日工房にやってくる。 「兼子君学校は大丈夫なの?」    休憩中に聞いてみた。  毎日3時頃にみんなに軽いランチとお茶を振る舞う。実はこれも楽しみの一つだ。若い子たちはびっくりするほどたくさん食べてくれて作りがいがある。今日は畑で採れたじゃがいもとほうれん草とベーコンのキッシュにした。 「邪魔ですか?」  2個めのキッシュを手づかみでワイルドに食べながら兼子君は返事をした。ぞんざいに手の甲で口を拭う姿が色っぽい。こんなこと考えて本当にごめんなさい。絶対に口には出しませんから。 「そんなこと思ってないよ。毎日手伝ってもらって助かってる。ただ単位とか大丈夫なのかな? ……って思ったから」 「来ている分は全部、出席数つくし、ここの研修は1ケ月しか来れませんから」  やっぱり布花作るの好きなんだな。ほぼ女性しかいないこのジャンルで男性にこれだけ興味を持ってもらうなんて嬉しい。 「ならよかった。もう2週間しかないし、兼子君優秀だから何か自分で好きな花作ってみれば?」 「いいんですか?」 「いいよ。何か手伝えることあれば言って」 「ありがとうございます」  もしかして嬉しいのかな?   表情から汲み取るのは難しいけどちょっとだけ声のトーンが変わったから、多分喜んでいるんだと思う。彼が作りたい花ってなんなのかな? 出来上がりが楽しみだ。

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