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第16話

「体大丈夫?」 「……大丈夫。ちょっとジンジンするけど……」  本当はだいぶ痛くて痺れてる感じがする。けどすっごく気を使ってくれたからこれくらいで済んでるんだろうな。辰王の言ってたことが良くわかった。こんなの無理矢理されたらきっとすっごい大怪我になってる。 「良かった」  ぎゅっと抱きしめられたままふたり毛布に包まれている。  すっごい幸せ……こんなことが僕の人生に起こるなんてまだ信じられない。 「……ごめんね。慣れてなくて大変だったでしょ?」  兼子君はほんとのところ楽しめてないんじゃ無いかな……。 「そんなことないよ。俺すっげーちっちゃいけど、あなたの体に俺しか触ってないことがめちゃめちゃ嬉しかった」  そう……なんだ? ……面倒に思われなくて良かったけど。  嬉しそうに自分を覗き込む笑顔にドキドキする。やっぱこれって恋人? 恋人なのかな? 展開が早過ぎてピンとこないし兼子君にどう接していいかまだよくわからない。 「そうだ! 10年ってなんのこと?」  だって出会ったの最近だよね? 「俺、10歳の時母親に連れられて、咲耶の個展見に行ってんの。渋谷の小さな画廊で咲耶、真っ白いワンピース着て白い花をたくさんつけてて妖精みたいだった」  う……つい周りに乗せられてやった若気の至りのやつだ……。 「すっごく綺麗で近寄ったら笑いながら、俺の頭に花冠を乗せてくれたんだよね」  そうだ……そんなことあった。小さな男の子が近寄ってきて裾に縋りついて離れないのが可愛くて花冠を乗せた。あの子が兼子君だったんだ。 「何笑ってんだよ」 「だって……思い出したんだよ。すっごい不機嫌そうな顔して僕にしがみついて離れなくてお母さんすごく困ってた。花冠を乗せたら笑顔になって機嫌を直してくれたんだよね」 「俺そんな顔してましたか?」  兼子君は初めて会った時のように顔を顰めた。面影が重なる。確かにあの子だ。 「あの時あなたを絶対お嫁さんにするって決めたんだけど暫くしてあなたが同性で男同士だと結婚できないってことを理解しても、どうしても気持ちは消えなかった」  あの小さな男の子が、そんなこと思ってたんだ。 「これでも努力はしたんですよ。俺はもしかしたら異常なのかも? って思って女の子とも付き合ってみたけどたいして続かないし、何年たっても、ずっと記憶から消えなくて、直接会ったら昔の気持ちは冷めるかもと思って幾度か個展にも行って貴方の姿を見たけど全然ダメ。咲耶が毎年工房に研修生受け入れてるって知って直接あなたに会って自分の気持ちを確かめるって決めたんだ」 「その割には最初あんまり話してくれないし機嫌悪そうだったけど」 「……初恋の相手に会って急にベラベラ喋れるわけないでしょ」 「そ……そうなんだ」  嫌われてるかもと思っていたのにまさか逆だったなんて……だから毎日来てくれたし、続けて手伝うって言ってくれたんだ。そんなに長いこと想っていてくれてて、まさか進路にまで影響させちゃったなんて……。 「元々服飾系に行くことは決めてたんです。親父もデザイナーだから」  まるで自分の考えを読まれたような答えが返って来た。 「咲耶は俺の親父知ってるはずだよ」 「え?」 「取引先でしょ?」 「兼子ってもしかして? カネコ先生?」  ブランドデザイナーのカネコ先生。僕の作る花を気に入ってくれてもう10年近くのお付き合いになる。 「そう俺の親父。ちなみに母も知ってるよね?」  ……知ってる……手作りが大好きでたまに開催するワークショップに良く参加してくれている。言われてみると彼女とよく似た顔だちだ。 「わーーなんかすごく申し訳ないよ! お二人を裏切った気分!」  まさか、すっごくお世話になってるお二人のお子さんとーーーー!!  もう顔合わせられない! 「大丈夫だよ。二人とも咲耶の大ファンだし。大体親父なんか4回も結婚して俺60の時の子どもなんだよ。あの男に倫理感がどうのとか言われたくない」  ……そうなんだ。先生お若い。全然実年齢に見えない容貌だし。  改めて兼子君の顔を覗き込んだ。本当に彼とセックスしたんだ。後悔はしてないけど僕には大きな責任があると思う。 「兼子君……もしも将来僕のことが負担になったらハッキリ言って欲しい」  若い彼の負担にだけはなりたくない。  こんな体験ができただけでもう十分僕は幸せにしてもらった。 「ひゃあ!!」    擽るように背中を指が這い、思い切りお尻を握られた。   「何回言ったら解るのかな? 雅久でしょ? それにその『いつか話』する度にやらしいことするって言ったのもう忘れた? それともして欲しいからわざと言ってんのかな?」 「……そんなわけ!」 「俺があなたに飽きたって言ったらあっさり別れてくれるわけ? 咲耶の好きはそれくらいなの? 俺結構傷ついてるよ」 「ご……ごめん」  そう……そうだ。あんなにどうしても手に入れたいと思ったのに。 僕は自分が傷つきたく無いから物分かりの良い顔をして逃げ道を作ってる。 「……ごめんね。僕は卑怯だ」 「……そんな顔させたい訳じゃないよ。好きって言ってよ。俺も何度でも言うから。咲耶が安心して呆れるくらい言うから」  引き寄せられてキスをする。彼の体温と香りに包まれて本当に幸せだ。本当にわがままに彼を求めても良いのだろうか……。 「捨てられたらわんわん泣いていいの?」 「いいよ。めちゃ愛を感じる。俺なんか咲耶を捨てたら殺されることになってるんだからね」 「え? 何それ? そんなのダメだよ!」 「そんなことより、体が大丈夫そうなら、もっかいさせて」  体が反転して上から兼子君が覗き込む。  いや……ほんとはだいぶ痛いんだけど……でも。 「……好きだよ。雅久君」  首元にぎゅっとしがみついた。もう一回彼に抱かれたい。いや、幾度だって……もっと彼を容易に受け入れられるくらい……体が溶けあうくらい……。 「15年後にあなたは俺のしつこさを実感することになるよ」  信じるよ……逃げないでちゃんと僕も好きだって伝える。 「50になっても60になっても俺とセックスできる体力は蓄えておいてね」  ……兼子君があの男の子の面影を残した顔でニヤリと笑った。 「無理だよーー!!」  逃げようとした体をがっちり押さえられる。 「とりあえずハタチの男の性欲を満足させて下さい」 「が……頑張るよ……」  目眩のするようなあの強い香りをまた感じながら幸せな気持ちで彼の体を抱きしめた。                                Fin.

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