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第2話

 気がつくと僕は、ベットに寝かされていた。周りの喧騒は嘘のように静まり、部屋の中は、薄暗く、人気もなくなっていた。僕は、体を起こした。僕にかけられていたシーツがめくれて、縄の跡のついた自分の裸の体が目に入った。後ろに違和感を感じて、僕は、あれが夢ではなかったのだと、思った。僕は、ため息をついた。 すんだことは、仕方がない。 僕は、女の子じゃないんだし、これぐらい、大丈夫だ。 そう、僕は、心の中で呟いていた。 だけど。 衆人の監視の中で、あんな風にいかされ、辱しめを受けたことに、僕は、傷つき、衝撃を受けていた。あんな、まるで、女の子みたいに扱われて、僕は、何度も泣きながらいった。いったい、どのぐらいの人に、僕が犯されている様子を見られるのだろうか。 そう考えた時、僕の頬を涙が流れ落ちた。 僕は、一人、嗚咽した。 もう、もとの僕には、戻れない。 そのとき、部屋に誰かが入ってくる気配がして、僕は、顔を上げた。 「なんだ、泣いてるのか?」 沢村が、僕の方へと近づいてきた。僕は、身構えた。沢村は、僕に、缶コーヒーを渡して言った。 「お疲れ」 僕は、黙ったまま、彼に渡された缶コーヒーを受け取った。沢村は、僕の座り込んでいるベットのはしに腰かけると言った。 「悪かったな、さっきは」 僕は、じっと彼の横顔を見つめていた。沢村は、僕の方を見ることなく、言った。 「お前が、あんまりいい顔するもんだから、つい、本気で責めてしまって。でも、おかげで、いい画がとれたって、社長が喜んでたよ」 僕は、何も言うことができなかった。ただ、僕は、低くすすり泣いていた。 「ああ、もう、泣くなよ」 沢村は、僕をぐぃっと抱き寄せて慰めるように囁いた。 「大丈夫、だ。何も心配しなくても、大丈夫、だよ」 そう言って、沢村は、僕の頭を優しくあやすように撫でてくれた。僕は、なぜか、不思議と落ち着いてくるのを感じていた。さっき、僕にあんなに酷いことをした、沢村の手が、今は、こんなにも温かく感じられた。 僕が泣き止むのを確かめると、沢村は、僕の服をあの小部屋から持ってきてくれ、僕は、ゆっくりと服を身に着けていった。そして、僕が身支度を整えると、沢村は、言った。 「事務所で、社長が待ってる」 僕は、沢村に促されて、立ち上がると彼の後をついて、その部屋を出て、隣の別室へと向かった。そこは、さっき、僕が連れていかれた部屋だった。僕は、さっきの出来事を思い出して、頬が赤く染まってくるのを感じた。沢村は、何の感慨もない様子で僕を奥の事務所へと案内すると、デスクに向かっているあの関西弁の中年男に呼び掛けた。 「社長、レイちゃんを連れてきましたよ」 社長と呼ばれた男は、満面の笑みで僕を迎えた。 「レイちゃん、初仕事、ご苦労さん。体、どないや。どこも、痛いとこ、あらへんか?」 僕は、沢村を見てから、社長に向かって、頷いた。社長は、僕にデスクの横に置かれたいかにも、安っぽいソファに座るようにと言った。僕が腰かけるのを見届けてから、社長は、僕の前の椅子に座って言った。 「今日は、いきなりでホンマに、すまへんかったな。せやけど、お陰さんで、ええのが撮れたで。ありがとうな、レイちゃん」 「はぁ・・」 「ほんま、思うとったより、レイちゃんがよかったさかいに、この沢村も力が入っとったしな。沢村が、本番で、キスするときは、ほんまに気が入っとる時だけやで」 僕は、ちらっと沢村を見た。彼は、憮然とした表情で、窓際に立ったままで僕たちのやり取りをきいていた。 「ところで、やな、レイちゃん」 社長は、僕の方へと身を乗り出して、本題を切り出してきた。 「レイちゃんは、山本さんの紹介でうちに来たわけやけど、うちと山本さんのとこの取り決めでは、本番3本、緊縛写真集2冊いうことになっとるんやけど、それで、ええか?」 本番3本? 僕は、思わず、泣きそうになった。今日みたいなのを、あと、2本? それに、緊縛写真集、だって? 「あの、緊縛写真集って?」 僕が質問すると、社長は、嬉々として説明を始めた。 「うちは、この業界では、結構有名なプロダクションで『ホーリーナイト』いう会社なんやけど、主に、SMで売っとってな。つまり、今日の撮影みたいに縄で縛ったりするやっちゃな。どや?初めての縄の味は?あんた、ほんまに縄映えする子やで。ちょっと、痩せとるけど、なかなか、ええ味出しとるわ。これからが楽しみやで」 え、SM? 僕は、頭がくらくらしてきた。僕は、変態ビデオの男優にされちゃったのか? 戸惑っている僕にかまわずに、社長は、捲し立てた。 「あんたの芸名やけど、レイでええか?これから、うちの期待の新人として売り出すさかいに、よろしゅうな。あ、うちは、本番が売りやで、そのつもりでな。なに、心配あらへん。うちの男優は、受けも責めもええ子ばっかりやで。当分は、あんたの世話は、沢村に任せるで。沢村は、助監やけど、男優が足りひんときは、今日みたいに男優もしとるで、なんでも、相談しいや。ええか、沢村。レイちゃんのこと、頼んだで」 「はいはい」 沢村が、嫌そうに返事をした。社長は、大袈裟にため息をついた。 「ほんまに、助かったわ。ええときに、レイちゃんが来てくれて。山本さんにもよう、お礼言うとかな」 僕は、複雑な気持ちだった。 だけど、全ては、兄のためだった。今まで、自分を犠牲にして、僕を養ってくれた兄さんを見捨てることは、僕には、できなかった。 僕は、社長と話すうちに心を決めた。 僕も、男だ。 大切な人を守るために、ここで体を張らずにどうするんだ。 「じゃ、これからよろしゅう頼んます」 社長に言われて、僕は、頷いた。 「よろしくお願いします」 そして、僕は、何枚もの契約書にサインした。社長は、従順な僕に満足そうな笑顔だった。それと、対照的に、沢村は、露骨に嫌そうな顔をしていた。 契約が結ばれ、僕が、家に帰る頃には、もう、夕方になっていた。沢村は、僕を家まで送ってくれた。彼が望んでではない、社長の命令だった。 「ええか、沢村。レイちゃんに、もしものことがあったらあかん。きちんと、送ったりや」 大晦日の夕暮れに、沢村と連れ立って歩きながら、僕は、その後ろ姿を見上げていた。沢村は、僕を振り向くことなく歩き続けていた。僕は、懸命に彼の後ろについて歩いていた。彼は、黙って歩き続けていたが、突然、立ち止まり、僕を振り向いて言った。 「お前、本気で、やる気なのか?」 僕は、沢村に向かって頷いた。沢村は、ため息をついた。 「マジかよ」 沢村の嫌そうな態度に、僕は、少し、腹が立っていた。僕の初めてを奪っておいて、なんで、僕が男優になることに、そこまで嫌そうな顔をするのか。ある意味、全て、沢村のせいだともいえるのに。いや、それは、言い過ぎかもしれない。沢村からすれば、僕は、借金のかたに売られてきたバカな奴に過ぎないのかもしれない。だけど、事情はどうであれ、沢村は、僕の初めてを奪ったのだ。その責任は、取ってもらいたい。僕は、沢村に言った。 「僕が、男優になることがそんなに気に入らないの?」 「ああ?」 沢村は、ぎろりと僕を睨み付けた。 「初めてづくしだったくせに、1回本番したぐらいで、いい気になってんじゃねぇぞ、ガキが」 僕は、沢村の言葉にむっとして言った。 「もう、初めてじゃない。あんたに、やられたんだから」 「なんだ?仕返しのつもりか?」 沢村が言った。 「こっちは、仕事でやってるんだ。遊びじゃねぇんだぞ」 「僕だって」 僕は、言い返した。 「遊びで、こんなことしてるわけじゃない」 たった一人の家族のために、僕は、負けるわけにはいかなかった。 真剣な僕の眼差しに、沢村が冷たく言った。 「後で、泣いても、知らねぇからな」 「もう、泣いたよ」 僕は、言った。 「あんたに、心配されなくても、もう、泣いたりしない」 「ふん」 沢村は、僕をじっと見つめていたが、やがて、言った。 「童貞のくせに、ずいぶん、強気だな」 沢村が、僕に、にっと笑いかけた。 「次が、楽しみ、だな 」 そう言うと沢村は、また、僕に背を向けて歩き出した。僕は、腹立ちを隠せなかった。 見返してやる。 僕は、決意していた。 とにかく、なんとかして、この嫌みな男を見返してやる。 沢村にアパートの近くまで送ってもらうと、僕は、そこで沢村と別れた。家まで送ると彼は、言ったが、そうしたら、兄に見つかってしまうかもしれない。それだけは、避けたかった。 「じゃあ、また、沢村さん」 僕は、沢村に会釈した。沢村は、不敵な笑みを浮かべて言った。 「次の撮影が決まったら、連絡する。逃げんなよ、レイちゃん」 「僕は、逃げたりしない」 怒りに震える僕に、沢村は、言った。 「よいお年を、レイちゃん」 「あんたも、ね。沢村さん」

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