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冷えきった夜に/寒凪⑸

大好きだ。 来碧さんが、本当に。 だから、俺みたいな…自分の事すら好きになれないどうしようもない奴に、人生を捧げて良い訳がない。 来碧さんにはもっと 番うに相応しいαが居るはずで…っ。 それは、俺じゃ…ない、はずで。 「もういいです。…わかりましたから。 それ以上悲しい顔をするのはよして下さい」 「──っ」 私も性急過ぎました。 そう言って新たに箱から紙巻きを取り出す来碧さんの顔は、何故か少しだけ嬉しそうにも見える。 俺がここまで必死に説得しようとしているにも関わらず、なんだその表情は。 喧嘩でも売っているのか。 貴方の人生がかかっているのに、どうしてそんなに余裕なんだよ。 「私は貴方がいいと思ったんですよ。 消去法でも、諦めでもありません」 深く煙を吸い込むと、来碧さんは静かに立ち上がった。 俺の目の前まで迫り、鼻腔を虐めるように息を吐いて 案の定咳き込む俺をおかしそうに見つめて、笑って。 「例えば貴方にこの先運命が訪れて、運命ではない私が捨てられたとしても後悔はないと思えました。 噛んでも良いだなんて、言葉を濁したのがいけませんでしたね」 まだ十分吸えるであろう長いそれを空き缶に落とし、あいた手は俺の背中に回る。 「…へ、」 「綾木さん…好きです。 私と付き合っていただけませんか?」 Ωのフェロモンはそう多くは出ていない。 勿論それは、抑制剤によって落ち着いているのだから当たり前だ。 それなのに、この心はどうしようもなく彼を求めて欲情する。 彼の手を取り、彼の熱を知りたい。 過去の苦しみ、今も続く不安の渦を消し去る為の手伝いをさせてほしい。 俺は、思っていたよりずっと華奢な来碧さんの身体を 震える手で、抱き締めた。

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