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そして、その日/嘘⑴
綾木と付き合い始めてはや3ヶ月。
そろそろ…来る。
今朝から何だか身体が怠い気がした。
『今日行っていいか?』
“勿論!18時には帰るよ”
“て言うだけならタダ”
「ふっ…、んだよそれ」
あれから綾木と過ごす中で、彼の側面を少しずつ知っていった。
会社の入口前で日光を浴びる、花をつけない草木に微笑む姿。
どんなに時間が迫っていようと、道を尋ねられれば放っておけない姿。
そのせいで上司に怒られようと、決して言い訳をしない姿。
……好きにならない方が無理だろう。
正直に言おう。
俺は、綾木に噛まれたくて仕方がない。
朝が弱い綾木に、毎朝とまではいかないが泊まりで朝食を作り、弁当なんかを持たせてやれば、
まだ開ききらない虚ろな目をして柔らかく笑ってくれる。
これが毎日、当たり前になれば…。
そう願わずには居られないほど、彼の笑顔は俺を癒してくれた。
…まだ昼前だからな。
もう一寝入りするか。
抑制剤と吸殻の散らばる不健康な部屋で一人、彼を想って目を閉じる。
次に目を覚ました頃、空は橙色に染まっていた。
随分長い間寝こけてしまっていたらしい。
時計を見れば17時。
予想はしていたが、スマホに明かりを灯せば──。
ほら。メッセージが来ている。
“20時までには…。ごめん(泣)
散らかってるけど、鍵使って先に入ってて!”
ったく。今日もしっかり押し付けられているんだな。
断れない所も、あなたの優しさだ。
無理はしないでほしい。
が、悪い気はしない。
それにしても…20時、か。
まともな状態を保って居られるといいが。
強い副作用を伴う自身の強力な薬ではなく、
いつか綾木に貰った抑制剤を口に含んで家を出た。
常日頃から耐え忍んできた頭痛や吐き気は
自らの放つフェロモンを必要以上に抑制するそれに縋っている以上、仕方がないと諦めていたものだ。
だが、最近服用しているものは副作用に悩まされる事が殆どない。
綾木に渡された一般的なもの。
日常生活を送る上では、この程度でも十分なのだと思えるようになった。
それだけ彼を信頼している。
…なんて、多分綾木はわかっていないのだろうけど。
いつ、何が起こるかわからないからと
心配性の綾木に半ば強制的に持たされたスペアキーを穴に差し込む。
家主のいないそこはひんやりと冷たく、静まりかえっていた。
そこかしこに残る彼の面影。
今朝も時間に追われていたと簡単に想像のつく光景。
脱ぎ捨てられたスウェットは、畳まれるわけもなくソファの隅で窮屈そうにシワを寄せている。
「……あや、ぎ」
身体が動いたのは無意識だ。
俺は自らの着衣を剥ぎ、綾木の服めがけて飛び込んだ。
すう…っと深くまで吸い込めば、
俺の心も身体も震わす綾木の匂いが脳に届く。
ビリビリと電流が走ったかのような強い刺激。
取り入れる酸素が纏う綾木の影に、触れてもいない秘部からトロリと蜜が溢れた。
あぁ…くっそ。待てそうにない。
いくら抑制剤っつっても、理性吹っ飛んだら意味ねえのな。
綾木さん、早く…帰ってきてくれないかな。
そう思ったのを最後に、俺の正常な意識は消え去った。
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