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1-2 天敵は同クラに潜む
反射的にそっちを見る。教室の扉を潜ってきたのは、案の定アイツだった。
アイツ――九重 蓮 。紫がかった長めの黒髪に、垂れ目がちな琥珀色の瞳。秀才然としたメガネなんて掛けてるくせに、やたら睫毛ばしばしで目立つ顔してやがる。
親は医者。家は大病院。オレと違ってちゃんと跡取り息子してるらしい、優等生くん。
実際、成績の方も優等生。学年一位で人望も厚い生徒会長様だ。まず間違いなく、コイツも『神に愛された』側の人間だろう。
性格も穏やかで誰にでも優しく、いつもニコニコ甘いマスクで、女子達の間では王子様なんて呼ばれている。
オレは身近なアイドルみたいな扱いだけど、九重は迂闊に手を出せない高嶺の華的な扱いを受けている。そのお高く止まった感じが、余計に気に食わん。
今日も王子様は群がる女子 達に向けて、爽やかなスマイルで挨拶を返している。クッソうぜえ!
何が一番癪に障るって、あの笑顔だ。皆は素敵だと褒めそやすが、オレには何だか気味が悪く感じられる。なんつーか、そう……仮面みたいで、胡散臭い。
視線を感知したのか、九重がふとオレの方を見た。目が合う。一瞬、奴の琥珀色の瞳の奥で、ぎらりとした光が揺らいだ気がした。
背筋を凍らせるような鋭利で獰猛な光。思わず身震いしそうになるが、それは次の瞬間にはもう消えていた。――気のせいか?
九重はニッコリ笑うと、こちらに歩み寄ってきた。正確には、自分の席に着く為だろう。通り掛かる時、わざわざ立ち止まってオレに声を掛けてくる。
「おはよう、花鏡。……風見も」
「おう」と歯切れ悪く返したのはタカの方で、オレは「ケッ」と舌打ちをしてやった。
気安く話し掛けんなし。てめーと馴れ合う気なんかねーし。
九重は気にした風もなく、クスクスと愉しげに笑み零した。「相変わらず花鏡には嫌われてるな」なんて、余裕そうに言う。ムカつく。
「うっせー! 中間はお前に譲ってやったが、期末はそうはいかねーかんな! オレの方がお前なんかよりよっぽど神に愛されてるってことを証明してやる!」
「それは楽しみだな。何なら、僕が数学教えようか。花鏡ならすぐに覚えるだろ」
「余計なお世話だ!!」
オレが数学だけ弱いってこと、しっかり把握した上でそんなこと言ってくる。本当ヤな奴だ! なのに、周りの女子達は「九重くん、優し~い」なんて評価する。
どこが! 優しいんだよ! イヤミだろ今の!
一年の時はクラスが違ったからあまり接点もなくて良かったが(オレはそん時から嫌いだったけど)、二年になってからまさかの同クラ。しかも出席番号と席も近いとあって、さすがに無視出来なくなってきた。
素直なオレには腹芸なんか不可能だし、正直に嫌悪を顕 にしてるにも拘わらず、奴の方はこんな風に普通に接してくる。まるで、オレのことなんか歯牙にも掛けてないみたいだ。……ムカつく!
オレが内心どころかリアルに歯軋りをしていると、九重は「それじゃあ」と残して自分の席へと向かった。
おう、去ね去ね。……つっても、タカの後ろの席だから、一個飛ばしですぐ後ろなんだがな。タカと喋る度視界にチラついてうぜえ。
おっと、そろそろ予鈴が鳴るな。一限は国語か。オレの得意教科だ。九重は理数系だから、文系はオレに分がある。ここは、手ぇ挙げまくってオレの賢さを見せ付けてやるぜ! てめーに活躍の場は渡さねえ! 指をくわえて見てろよ!
◆◇◆
そんなこんなで、本日の授業は全て完了。帰りのSHR も終わって、晴れて放課後到来だ。オレ、めちゃくちゃ頑張ったんじゃね? 今日はオレの勝ちだろ。
ドヤ顔を九重の方に向けるが、奴は教室掃除に集中しててこっちを見てやしない。チッ、悔しがる顔見せろよ。
しかし、オレはアイツと違って今日は掃除当番じゃないからな。(掃除当番は日直の男女二人が兼ねることになってる)居残り掃除(語弊)やらされてるアイツを尻目に教室を出られるのは気分がいい。
「行こうぜ、タカ」
「待て、トキ。お前確か職員室行くんだろ」
「あっ……そうだった」
ちくしょー、鬼松のヤロー。マジ許さん。
「タカは部活だよな。遅れたら悪いし、このまま解散すっか」
「その位待つぞ」
「いや、いいよ。オレ帰宅部だから、どの道下駄箱で別れんじゃん。大差ねーよ」
中学までは実家暮らしで近所だったから、タカとは毎日一緒に登下校してた。
高校からオレが一人暮らしを始めて、バイトする為にサッカー部も辞めたもんだから(元々、サッカーはモテそうだからって動機でやってただけだし)現在では行きも帰りもバラバラだ。
タカは一人暮らしも危ないって反対してたし、一緒に部活辞めて家が遠くても送り迎えするとまで言ってたけど、さすがにそこまで甘える訳にはいかない。何とか説き伏せて納得して貰った。
今も依然待つと言い張るタカに、職員室階で別れる折衷案を出して意見が纏まったところで、オレはそれを目撃してしまった。
「当番さん、掃除よろしく~」
揶揄するような口調と共に、クラスでちょっとワルめの男子、須崎 が九重の足元目掛けてゴミを投げ捨てた。須崎の周りの取り巻き達から、ケタケタと厭な笑いが漏れる。
紙をくしゃくしゃに丸めたようなゴミ。九重が箒で床を掃いているからと言って、明らかにこれは嫌がらせだ。
須崎も普段から優等生の九重のことを嫌ってるからな。最も、須崎はオレのことも嫌ってるけど。
それはともかく、いくら何でも今のは見てるこっちも気分が悪い。オレはタカの制止を振り切って歩み寄ると、そのゴミを拾い上げた。
「これは、お前が捨てろよ。ちゃんとゴミ箱あんだろ」
顔の高さに掲げて見せた後、須崎に握らせようとする。しかし、須崎は拒絶を示した。
「何だてめえ、偉そうに! おれぁ、てめーも気に食わねーんだよ、花鏡! チャラチャラ派手に調子こきやがって!」
「っ……」
手首を掴み上げられ、力押しで阻止される。肌に食い込む指の圧力に苦痛が生じて、息を詰めた。
「――離せ」
その時、横合いから低い声が告げた。
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