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1-3 幼馴染はボディガード
助け舟を寄越したのは、やっぱりタカだった。タカは冷静かつどこか凄みのある声音で告げると、須崎の腕を握り締めた。痛みを覚えたのか、須崎は反射的に掴んでいたオレの手首を解放する。
「トキに触れるな」
タカが怒ってる。静かで落ち着いた口調だけど、目が据わってる。その形相にさすがの須崎も怯んだのか、
「んだよ、ボディガード気取りか? てめーら男同士で仲良すぎだろ。気持ちわりー、モーホーかよ」
なんて罵倒を吐き捨てて、すごすごと教室から退散していく。取り巻き達も口々に「モーホーモーホー」と喚き散らしながらその後を追った。
「うっせー! オレとタカは兄弟同然に育ったんだ! 仲良くて当然だろ! つーか! 誰がモーホーだ! オレは女の子が大好きだコラ!!」
去りゆく奴らの背中に文句をぶつけてやると、タカがどうどうとオレを宥めにかかった。どうやら、タカは一足先にクールダウンしたようだ。あんなこと言われて悔しくないなんて、タカはやっぱり大人だな。
つーか、結局ゴミ置いていきやがったし!
手の中に残された紙クズにぐぬぬと呻いたところで、不意に横から、ひょいっとそれを攫われた。
「これは僕が預かるよ」
九重だ。それまでどんな顔でオレらの騒動を見ていたのか余裕なくて確認出来てなかったけど、そういや居たんだよな。
九重は紙クズをゴミ袋にしまうと、改めてオレの方に向き直った。
「ありがとう、花鏡。僕のせいで、ごめん」
少し萎れた様子で、申し訳なさげに眉を下げる九重。えっ……何だよやめろよ、そういう殊勝な態度。調子狂うじゃん。
「いや、別に……九重の為とかじゃねーし」
口の中でボソボソ転がして、目を逸らす。素直に来られると反応に困る。ついつい顔の熱が上がって、自分でも紅潮したのが分かった。
そこで、内心ハッとする。おい待て、今の言い方だと何かツンデレみたいじゃねーか!? 断じて違うぞ!? 単純に自分が頭に来ただけだっつーの!!
「手、大丈夫?」
気遣わしげに、九重がオレの手に触れようとした。タカがやんやりとそれを制す。
「俺が診ておく」
一瞬、間があった。刹那九重の表情が消え、また目の奥にあの光が宿ったかと思いきや、すぐに元の通りの柔和な雰囲気に戻ってタカに微笑み掛ける。
「そう……それなら安心だね」
タカは仏頂面のまま応じた。それから九重は、パッと周囲に振り返り、「皆も。騒がせてごめん」などと、まだ教室に残っていたギャラリーにまでフォローを入れる。呆気に取られていたクラスメイト達はそれでホッとしたようで、それぞれ安堵の声を上げた。
あ、くそ。見事にいいとこ取りしやがったな。
今日はオレの勝ちだったはずなのに、最後に一本取られたような感じになって、オレは大変面白くない気分でタカと教室を後にしたのだった。
◆◇◆
「くっそ、鬼松のヤロー、余計な講釈まで長々垂れやがって」
職員室を出たオレは、早速苦々しくぼやいた。無事に松山センセからアクセサリーを取り返したものの、すぐには解放されず、思ったよりも時間を食ってしまった。やっぱり、タカを待たせなくて正解だった。
やれやれと溜息一つ、もはや習性で携帯を弄ろうとして、鞄に手を突っ込んだ。ところが、なかなかお目当ての物体が見つからない。
あれ? あれ?
焦って、その場で鞄の中身を全部ぶちまけて隈無く探すも、やっぱり無い。
マジか……携帯、忘れた⁉
どこに? 授業終わりまでは手元にあったよな。オレちょくちょくSNSで自撮り上げたり呟いたりするからな。
まぁ、本来は携帯を授業中弄るのは当然禁止されてる訳だが、実際は皆机の中でこっそり弄ってる。教師も気付いてて、ある程度見逃してくれてる。そういうもんだ。
てことは、置き勉と一緒に机の中に忘れてきたか。
そう当たりをつけて、俺は急ぎ教室まで舞い戻った。若干息を切らしながら扉に手を掛け、開こうとしたところで中から声が聞こえてきた。
「――好きです!」
おっと? 思わず手が止まる。
なんだなんだ、告白か? 姿を見られないように扉の横に身を潜めて、ガラス張りの部分から中の様子をそっと窺う。
そこに居たのは、九重とクラスの女子――本日、日直兼掃除当番を務めた小池 さん――だった。
まだ居たのか。他の連中は皆もう捌けたみたいで、教室内には、二人の姿しかない。
「九重くんのこと、一年の時からずっと好きでした」
小池さん、マジか! 真面目で大人しくてクラスではあまり目立たないものの、地味めながらに清楚でちょっと可愛いと思っていた小池さん!
別に恋まではいかなかったけど、何となく失恋した気分だ。くそぅ、小池さんも九重派かぁ。何でオレじゃないんだよ~。
恨めしく思いながらじりじり見守っていると、小池さんは鞄から何かを取り出した。綺麗にラッピングされた……プレゼント?
「今日、日直で一緒だから、もしかしたら渡せるかもと思って……クッキー、焼いてきたんです。良かったら、受け取って頂けませんか? あ、告白の返事は、いつでもいいので!」
ぬぉおおお、手作りクッキーかぁ! 小池さん、健気で古風だな! おのれ、九重ぇえ‼
九重は差し出されたそれをすぐには受け取らず、
「――ごめん」
と告げた。
ハッと息を呑んだのは、小池さんだけじゃなくて、オレもだった。九重は申し訳なさそうに眉を下げて、続ける。
「僕はまだ、恋とか考えられなくて……付き合うことは出来ない」
「そう……ですか。ごめんなさい、わたし」
「謝らないで。気持ちは凄く嬉しかったから。クッキーも、ありがとう。折角僕の為に焼いてくれたのに、ごめんね」
「いいえ! あの……良かったら、食べてください。わたしが持ってても、捨てちゃうだけなので」
そう言って、小池さんは九重にクッキーを手渡した。九重も、今度はしっかり受け取る。
「ちゃんと答えくれて、ありがとう……」
震える、それでいて晴れやかな声音で、小池さんは最後に伝えると九重に背を向けた。
――お。やべ、こっち来る。
慌てて頭を引っ込め、壁に張り付く。間一髪、直後に小池さんが勢いよく扉から飛び出してきた。涙ぐみながら、口元を押さえる横顔が一瞬見えた。
小池さんはオレには気付かず、そのまま駆け去っていった。
……頑張ったな、小池さん。偉かったぞ。
九重も。何だよ、良い奴じゃん。はぐらかさずに、しっかり応えてやるなんてさ。ムカつく奴だけど、やっぱり優しいのは違いないんだろうな。
っと、大変な場面を目撃してしまったが、オレはそもそも携帯を探しに来たんだった。……入りにき~な~、どうすっかな。
とりあえず、九重が小池さんのクッキーを鞄にしまってから、何食わぬ顔で入室すっか。
オレは何も見てない。見てないぞぉ!
再び扉のガラス部位から中の様子を窺い、機会を待つ。一人残された九重は手の中のクッキーに暫し視線を落とした後、それを鞄へはしまわず無造作にゴミ袋の中に突っ込んだ。
――は?
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