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1-4 王子様の秘密の本性
目を疑った。九重は今、何をした?
捨てた。ゴミ袋に。須崎が投げた紙クズみたいな扱いで、小池さんのクッキーを。
涙ぐみながら口元を押さえて駆け去っていった小池さんの横顔を思い出した途端、オレの中の何かが切れた。
「何してんだよ、お前!」
扉を開くと同時に、怒鳴り込む。九重は驚いたように軽く目を瞠った。
「花鏡」
「小池さんが一生懸命、お前の為にって作ってくれたクッキーだろ!? お前も嬉しいって言ってたじゃん!! 何捨ててんだよ!?」
「……見てたのか」
はぁ、と九重が溜息を吐いた。至極億劫そうに。――何だ、その態度。
「本人も捨てるって言ってたんだから、問題ないだろ」
「ない訳ないだろ! 小池さんがどんな気持ちで……っ!」
「じゃあ、何か? お前なら食べるのか? 手作りなんて、何が入れられてるのかも分からないような気色悪いものを」
「なっ……」
何だよ、その言い方。
「まぁ、食べるんだろうな。考え無しなお前なら。バカの付くお人好しの甘ったれで、おまけに警戒心もない。そんなだから、お前の幼馴染があんな過保護な親父みたいになったんだろうよ」
「っ!」
言葉に詰まった。それは確かに、心当たりがなくはない。タカがあんな風なのは、オレのせいだ。金持ちん家の子供だと、何かと狙われやすい。オレは小学生の頃、一度誘拐されたことがある。
タカの目の前で犯人の車に引きずり込まれて連れ去られた。……最も、タカの証言ですぐに警察が動いてくれたから、事なきを得たけど。
以来タカはそのことに責任を感じているようで、今度こそオレを守るんだと気負ってる。タカは何も悪くないのに。気にしなくていいのに。それもこれも、確かにオレの警戒心のなさが原因だ。
痛い所を突かれて咄嗟に言い返せなかったが、このまま黙ってもいられない。反撃代わりに、オレは思ったことを口にした。
「てかお前……何かいつもとキャラ違くね?」
そうだ。「お前」なんて、コイツの口から始めて聞いた。ヤな奴だとは思ってたけど、そういう感じじゃなかっただろ?
困惑するオレを嘲笑うように、九重は笑った。――そう、嗤った。やっぱり、始めて見るような冷淡な表情 で。
「猫被ってるのも疲れるんだよ。お前相手にはもう必要ないだろ」
「お前……それが本性って訳か」
なんてこった、と思う一方、どこかでやっぱりな、と納得する心の向きがあった。
いつもコイツが見せていた胡散臭い笑顔……あれはやっぱり偽物で、仮面の下にはこんな醜悪な素顔が隠されていたって訳だ。
先回りして、九重が忠告を落とす。
「言っておくが、告げ口しても無駄だぞ。お前が常日頃俺を敵視してることは皆が知ってる。お前が何を言おうと、俺を貶める為の狂言だと捉えられるだろう。バカなお前と優等生で生徒会長の俺、皆がどちらの証言を信じるかなんて、お前の足りない頭でも分かるだろ」
「ぐ……っバカバカ言い過ぎだろ!? オレだって成績はいい方だぞ!?」
「事実だろ。お前の場合、勉強は出来ても人間的に愚かなんだよ」
「おろっ……!!」
ていうか、「俺」って誰だよ!? お前の一人称確か「僕」だったじゃねーか!! あれも嘘か!!
「証拠でもなければ、誰も信じない。まぁ、精々自分の信用の無さを悔いるんだな」
羽虫でも追い払うみたいに手を振って面倒臭そうに言うと、九重は絶句するオレを放ってそのまま教室を出ていく。掃除で集めたゴミ袋は、オレへの当て付けか残されたままだ。
オレは暫しその場に呆然と佇むことしか出来なかった。完全に言い負かされた。悔しいなんてもんじゃない。
「……ごめん、小池さん」
せめてゴミ袋から小池さんのクッキーだけでも救出した。個包装に入ってるから、まだ食える。小池さんがこれを食べて欲しかった相手は、オレじゃないけど。自分が情けなくて、反吐が出そうだ。
――ああ、そうだ。携帯。
当初の目的を思い出して、のそのそと自席へ向かう。机に手を差し入れると、そこには馴染みの端末の感触があった。
「良かった」
やっぱり、ここにあった。オレは安堵の息を吐いてそれを引っ張り出し、画面に目を落として――固まった。
「これ……って」
先程の九重の言葉が脳裏を過る。――『証拠でもなければ、誰も信じない』
オレは天啓を得たような心地で、長年の相棒 を握り締めた。
◆◇◆
翌日の放課後、オレは九重を呼び出した。場所は実習棟の一階階段下倉庫。通常なら施錠されてるけど、最近ここの鍵が壊れていて入り込めることを、オレは知っている。見つけたのはオレだからな。何なら、サボりスポットにしてる。(ドヤ)
換気がないからそろそろ暑さで厳しくなりそうだが、ちゃんと電気も付くし、意外に広いし、人目にも付かないからストーカー紛いのしつこいタイプのファンから逃げるのにも重宝だ。(大概そういうのはタカが何とかしてくれるけど)
タカが来るより早く登校して、九重の机に呼び出しの手紙を入れた。その後、今日も職員室に用があると嘘を吐いて、タカを先に校舎外に出した。これで完璧だ。
果たして、手紙に従いやって来た九重は、被っていた猫をのっけから下ろしてオレに思い切り皮肉をぶつけてきた。
「それで? 今度は花鏡が俺に愛の告白でもする気になったのか?」
「そんな訳ないだろ。手紙にも書いたけど、〝証拠〟を見つけたんだよ」
オレはズボンのポケットから携帯を取り出した。画面を操作して、件のものを再生する。それは、一本の録画だった。
オレは自撮り動画もよく撮るから、ワンボタンで録画機能が立ち上がるように設定されてる。昨日は誤って録画操作になったまま置いてったらしい。映像は机の中しか写ってないけど、声は少し遠いながらもバッチリ入ってた。これは九重の言う〝証拠〟とやらになるだろう。
聞かせると、さすがの九重も顔色を変えた。ふふん、してやったり。全くの偶然の産物だけどな!
「……何が目的だ?」
緊張を孕んだ、九重の問い掛け。オレはメガネの奥の奴の瞳を真っ直ぐに見据えて告げた。
「昨日のクッキー、食べなかったこと正直に話して小池さんに謝れ。それから、もう二度とあんなことをするな。食べるつもりがないなら、受け取るな。以上」
九重が面食らったようにオレを窺う。
「それだけか? てっきり『本性バラされたくなきゃオレの下僕になれ』だとか『期末試験わざと失敗しろ』だとか言われるだろうと思ってたんだが」
「アホか。そんなのでお前に勝ったところで、何にも嬉しくないだろ! 勝負は正々堂々じゃなきゃな!」
……まぁ、それも全く考えなかったといえば嘘になるけど。
九重は呆れたのか思考の間を設けたのか、少しの間黙してから、やがて鷹揚に頷いた。
「分かった」
「いやに素直だな?」
「断る程の内容でもないだろ。そのくらいでわざわざ証拠出して呼び出すお前の行動力に感服するよ」
「……何か褒められてる気はしないが、まぁいい。ちゃんと実行しろよ! でなきゃこれ、ばら撒くかんな!」
なんて、ちょっと定番の脅し文句を言ってみたりして。それでも九重が了承する様が、何だか小気味いい。下手したら癖になりそうだ、これ。あんまり虐めるのも可哀想だし、このくらいにしといてやろう。
話を終わらせて暇 を告げると、オレは上機嫌に扉に手を掛けた。――刹那。
全身に衝撃が走った。今まで味わったこともないような激烈な痛みが駆け抜ける。目の前に火花が散った。
何だ? 何が起きた?
理解が及ぶ前に、思考回路と視界が揃って霞み始める。
「だから、お前は警戒心が無いと言ったろ。脅し相手に背中を向けるバカが居るか」
最後に頭上から九重の嘲る声を遠くに聞いて、オレは意識を手放した。
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