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2-4 新入荷家具、オレ。

 運転手はオレを下ろすと、マンションのコンシュルジュに引き継いだ。そっちにも話は通っているらしく、コンシュルジュはオレを見るとすぐに何処かへと連絡を入れた。「お着きになりました。只今お連れ致します」とか聞こえてきたから、たぶん相手は〝蓮様〟だろう。  相変わらず当事者のオレ一人だけが何も分からないまま、問う余地も与えられずにエレベーターへと案内された。ここからはプライベートへの配慮だとかで一人で行くよう通達される。  て言われても、何処で降りりゃいいのかとか分かんねーぞ……と思っていたら、押しボタンは一個しかない。階数も書いてない。訊いたら、最上階専用エレベーターで、そこはワンフロア一住戸。行き先は一択とのことだった。  てか、六十階!? アホかよ、高所恐怖症の奴住めねえじゃん!!  オレの実家も大概金持ちだが、古臭い純和風家屋ってやつで(無駄に庭が広くて池に錦鯉とか居る。一匹一匹名前付けてた。アイツらも、庭師のおっちゃんも元気にしてっかな)こういう現代的な感じのとは全然趣が違う。いくら景観がいいっつっても、何か地に足付かないの落ち着かなくね?  ソワソワするオレを乗せて、エレベーターは目的地へと到着した。通路を抜けた先、玄関扉の前まで辿り着くと、そこには既に九重が待ち構えていた。 「来たか、花鏡」 「九重……何なんだよ、これ」 「まぁ、とりあえず入れよ」  言いながら、九重が扉を開く。エントランスホールの先には一面の空が広がっていた。青の端に朱色が滲む、夕刻の始まりの空。まるで巨大なスクリーンみたいだ。美しさよりも、ただただその広大さに圧倒される。  高い天井。見渡す限りガラス張りの窓。バカ広いリビングダイニングに、中央には螺旋階段。メゾネット式か。二階があるんだ。全体的に質素なグレーとブラックで纏められた家具はスマートでオシャレ……ではあるが、何だろう。  必要最低限の設備といった感じで(いささ)か生活感が薄く、無機質な印象が強い。……そう、人の体温がしない。広くて豪華なのに、酷く寂しく感じる部屋だった。 「気に入ったか?」  室内を見渡すオレの横に、九重が並ぶ。オレはますます困惑した。目的が分からない。問うように見つめると、奴は次にとんでもないことを口走った。 「今日から、ここがお前の部屋だ」 「はぁ!?」 「上、見てみろよ。お前の居住スペース。ちゃんと全部運び出してあるはずだ」  いや、意味分かんねーよ……と思いつつ、『全部運び出してある』との言葉が何だか引っ掛かり、促されるままに階段を登って案内された部屋を見る。――そして、絶句した。  そこには、オレの〝部屋〟があった。オレが借りてたマンションの一室、オレの一人暮らし先に置いていた荷物の一切が、『全部運び出して』あった。  それだけじゃない。全く元のまま、小物の位置に至るまで同じように配置されている。まるで部屋丸ごとここに移動してきたみたいな光景だった。 「な、何で」 「学校行ってる間に、引越し作業頼んどいた。お前の契約してた安いマンションは引き払ってある。今日からここに住め。家賃は気にしなくていい。ここ、父親の持ち物だし」  もう何に対して驚いてツッコめばいいのか、オレは呆気に取られて口を無意味にはくはくさせた。  父親の持ち物? タワマンが? いやまぁ、それはいいとして(よくもねーけど)それで何でオレを越させる必要がある?  九重は言う。 「ちなみに、下は俺の居住スペース」 「……お前も住むのか」 「元々住んでる。お前が俺の新しい家具なんだよ。自分のものは手元に置いておきたい主義なんでな」  あんぐり。開いた口が塞がらない。 「どうした? 喜べよ。家賃が浮いて助かるだろ? バイトも辞めていいぞ」 「いや、怖ぇよ! お前怖ぇよ!」  つまりオレは、コイツに囲われたってことだ。愛人みてーに。いや、家具とか抜かしてやがるから、むしろオ〇ホみたいな酷い扱い受けるんじゃねーだろうな……。  なまじ金持ってるだけに、行動力がハンパじゃねえ。厄介過ぎんだろ!! なんか目眩がしてきた。 「てか、ご家族の人は? 一緒じゃないのか?」 「ここには俺一人だ」  一人? コイツも一人暮らししてたのか。こんな広い場所に、たった一人で?  生活感の薄い家具。使われた形跡のないキッチン。ただ、寝に帰ってきている……そんな印象の、人の温度のない部屋。 「寂しくねえ?」  思わず零してから、ハッとした。何訊いてんだ、オレ。九重の方も、ちょっと驚いた顔してる。 「……わり。何でもねえよ」  目線を逸らす。少しの間沈黙があった。その間を埋めるように、話題を戻す。 「で? オレを連れてきてどうする気だ?」 「どうするって? ……どうかされたいのか?」 「はぁ!?」 「お前、今日一日、ずっと俺に何かされるんじゃないかって、身構えてたろ。休み時間の度、面白いくらい緊張してたよな。何を想像してた?」  何をって……。  瞬時にして本日オレの心を支配してきた『こんな事されるんじゃねーか』のリストが脳裏を過った。(詳しくは前話参照だ!)  い、言えるわけねーだろ! あんな……あんなエロ同人みたいな想像! 「べ、別に……」 「その反応は、やましい想像をしてたな? お前、顔に出やすいって言ったろ。……何を想像した? また昨日みたいなことでもされるんじゃないかって、期待に濡らしてたのか?」 「濡っ!? ッな!! 訳ねーだろ!!」  期待!? アホ抜かすな!! 何でオレが!?  頬が熱くなる。顔に出やすいって言われたばっかなのに。九重は意地悪く口の端を吊り上げながら「ふぅん」と鼻に掛かった声を漏らした。そうして、オレの顔をまじまじと見てくる。やめろ、見んな。  コイツの瞳、苦手だ。冷めたようでぎらぎら熱くて、猛獣に射竦められたみたいに身動きが取れなくなる。金縛りを解くべく、オレは努めて声を上げた。 「バイトは! 楽しんでやってるから、辞めるつもりねーかんな⁉ 勿論、読モの方も!! つーか、住所変更とかどーすんだよ!? 母さんいつも仕送りしてきてくれてんのに、タワマンに引っ越したとかその金どうしたってなるし、どう報告すりゃいいんだよ!?」 「その辺は向こうからこっちに連絡が回るように手配しとく」 「心配するな」って、頼もしげなセリフだが、心配しない訳がねーし、不安だらけだぞ……。  結局、コイツはオレをどうしたいんだ。何考えてんのか、マジで分かんねえ。  いやでも、これはある意味チャンスかもしんねえ。一緒に住むってことは、コイツのプライベートが見れるって訳だ。私生活まで完璧超人なんてのはさすがに居ねえだろうし、もしかしたら何かコイツの弱みが握れるんじゃねえか?  よし、ピンチをチャンスに変えてやる。やってやるぜ! 下克上!

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