12 / 94

2-5 プライベートのアイツ

「うっわ……」  とりあえず、どこに何があるのか確認しとこうと、室内探索を開始してすぐ、オレはそれを発見した。 「風呂場スッケスケじゃねーか!! 何でここまで全部ガラス張りなんだよ!?」  大きなバスタブが置かれたシャワールームを取り囲むのは、窓と揃いの透明感の高いガラス板。しかも、リビングから丸見えな位置にある。いや、どこのラブホだよ!? ……ラブホ入ったことねーけど。  ドン引きするオレを、九重が愉しげに笑う。 「開放的だろ? 高層階だからな。誰も見てやしない」 「お前が見てるだろーが!!」 「昨日の今日で、今更何言ってんだよ」  っ……そうかもしんねーけど!!  言及されて、またぞろ昨日のことを思い出しては身体が熱を持つ。勿論九重はそれを知ってて、わざと揶揄ってくる。 「むしろ、花鏡は見られたいんだろ? お前Mっ気あるもんな。視線だけで感じるとか、なかなか上級者だぞ」 「はぁあ!? ねえよ!! つーか、お前がSなだけだろ!?」 「別に俺はSじゃない」 「嘘つけ! 明らかにSだろが! このド鬼畜!!」 「嘘じゃない。お前以外、虐めたいと思ったことは特にない」 「何でオレ限定なんだよ!?」  九重は少しの間思案するように黙した。そうしてオレのことをじっと見つめてから、真顔で言う。 「ムカつくから」  ――は? 「お前を見てると……めちゃくちゃに壊したくなる」  思わず怯んだ。笑みの一片もない、狂気すら覗く真に入った一言だった。  言葉を失うオレに構わず、奴は続ける。 「俺にどうしたい? って訊いたな。――ぐずぐずに泣かせて、ずたずたに引き裂いて、どろどろに汚して、ぐちゃぐちゃに掻き回したい」  言いながら、オレの頬に手を伸ばしてくる。反射的に身が竦み、目を瞑る。触れた指先は、乱暴な言葉に反して異様に優しかった。それが逆に恐ろしくて、目を閉じてるともっと怖くなって、そっと開いてはすぐ近くにある琥珀色の瞳を窺うように見上げた。 「じょ……冗談だよな?」 「冗談だと思うか?」  ――(いや)。 「怖ぇよ! お前怖ぇよ! 何だよ、オレお前に何かしたかよ!?」 「いや? 存在自体が鼻につく」 「理不尽!!」 「お前も俺のこと嫌ってるだろ」 「そりゃそうだけど……」  でも、人としてって訳じゃなくて。こう……好敵手( ライバル)的な。どうやら、そんな風に思ってたのは、オレの方だけだったみたいだが。  ――何だよコイツ、オレのことそんなに嫌いだったのか。  あれもこれも、全部嫌がらせだってことか。  別にこんな奴に好かれたくもねーけど、面と向かって嫌いだと言われると、少しだけ……何ていうか、悲しい。  ああ、でも、オレが敵意を向ける度、コイツももしかしたら知らず傷付いてたのかもしんねーな。これはその報復なのかもしれない。  ……何か妙に萎れた気分になってきた。そうだ、こんな時は。 「飯、食うか。ちょっと早いけど」  我ながら唐突な申し出だったにも関わらず、九重はすぐに切り替えて了承の意を示した。 「分かった。何食いたい?」 「え? お前が作んの?」 「まさか。外注すんだよ」  ……だよな。キッチン、全く使われた形跡なかったもんな。仕方ねーな。 「いや、余計な金は使うな。今日はオレが作る」 「作れるのか?」 「簡単なのならな。一人暮らし二年目だぞ、オレ」  実家からの仕送りにも極力手を付けたくないから、普段から自活出来るように心掛けてる。オレ、偉い! 「花鏡用にエプロン買うか。ふりっふりのハート型のやつ」 「ヤだよ!! 着ねーぞ、そんなの!!」 「裸の上にエプロンだけ着けて臨むのが料理の基本だろ?」 「そんな基本は、ねえ!! どこのすけべオヤジだよお前!! つーか、冷蔵庫何か入ってんのか? 絶対何もねーだろ」 「ゼリーならあるぞ」 「……お前、甘党だったのか?」  意外だな、と思ってガワだけは無駄にデカい冷蔵庫を開いて中を検めると――。 「って、これ十秒チャージのやつ!! お前、マジで一切自炊してねーな!?」 「食に興味が無い」  ……恋愛にも興味ねーっつってたな。逆に何にならあるんだよ。 「あ、そうだ。オレの食材は? 前のマンションの冷蔵庫の中身」 「腐るといけないから、それは捨てておくよう指示した」 「何でまだ食えるもの捨てるんだよ!! 農家さんと貧しい国の人達に謝れ!! ……もう、いい。食材買いに行く」 「そんなもの、コンシュルジュに買ってこさせれば良くないか?」  この坊ちゃん思考め! 坊ちゃん育ちのオレよりもずっと坊ちゃんだ! 実はコイツ、完璧超人どころか、相当なダメ人間なんじゃねーか?  この体たらく、学校の皆にも見せてやりてー。 「いや、これからここに住むってんなら、周辺の道も覚えておきたいしな。自分の足で行く」  オレが内心呆れつつそう宣言すると、九重も付いてくると言い出した。 「お前一人にしたら危なそうだしな」 「どういう理屈だよ。お前と一緒の方がよっぽど危ねーよ。絶対スーパーの支払いにブラックカードとか出すタイプだろ」  そんなこんなで、オレ達は(私服に着替えてから)マンション外に足を運んだ。無事にスーパーを発見したものの、この時間はやっぱ混んでる。思えば男子高校生二人で来るような場所じゃねーし、特に九重にはスーパーが似合わなさ過ぎて何か笑える。  九重に何が食いたいって訊いても、やっぱり興味無さそうに「何でもいい」とか抜かしやがった。「強いて言うなら、お前」とか。ぶっ殺すぞ、マジで! もうオレの好き勝手にしてやる!  オレが格安品から選ぶ中、九重のバカは値段が高いやつばかり籠に入れてくる。 「お前、何でもいいって言ったのに、さっきから邪魔ばっかすんなよ!!」 「お前こそ。安きゃいいって訳じゃないだろ。〝安かろう悪かろう〟って言うだろ? まぁ、ここにあるものは皆安物だがな」 「やめろ、店中の人間を敵に回すな。視線が痛い」  暫しの格闘の末に、何とか食材の調達を完了した。九重がブラックカードを出すのは、勿論オレが阻止した。冷蔵庫が完全なる空状態だったもんだから(十秒チャージのアレは換算しない)結構買う物が多かった。見るからに重たそうな買い物袋にげんなりしてると、九重は意外にも半分持ってくれた。 「お前が持て」と言われるか、むしろ何も言わずに全部オレに押し付けるかと思ってた。 「九重、お前自転車こそ買えよ。あると便利だぞ」 「使う機会がなかったからな」 「だろうな」  自然と笑みが零れた。九重がキョトン顔で問う。 「何で笑ってる?」 「別に」  そのキョトン顔がまた何だか、らしくなくて笑えた。ずっと完璧でイヤミな奴だと思ってたけど、意外と抜けてたり、知らなかった人間みのあるところが見られたりして、ちょっぴり嬉しい……なんて。絶対口が裂けても本人には言ってやらないけど。  ちょっとだけ、楽しい買い物時間だった。

ともだちにシェアしよう!