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2-8 透け透けバスタイム ◆
「いいか! 絶対見るなよ!? こっち見んなよ!?」
「それは振りか?」
「振りじゃない!!」
脱衣所の扉から、顔だけ出して九重に念を押す。九重はのらりくらり、云 とは決して言わない。
くっそ~! あの画像を出すのは卑怯だろ! てか、脱衣所の方はちゃんと透けてない壁があるのに、何で風呂場になると全面ガラス張りなのか、ここの建築デザイナー本当意味不明だ。
ぶつくさ文句を零しつつ、服を脱いでいく。とにかく、バスタオル巻いてこう。そんで隠し隠し洗って……後は湯船に沈んでれば問題ない。
そう算段をつけて一人頷いていると、外から九重の声が掛かる。
「あ、花鏡。タオルは浴室に持ち込むなよ」
「ちくしょう!!」
手にしていたバスタオルを思い切り洗面台に叩き付けた。今のも〝命令〟の内に入るんだろう。これじゃ、丸腰のまま出ていくしかない。心許なさすぎる。
……あ、もしかしたら、湯気でガラス曇るんじゃね? だから、ガラス張りでも問題ないんじゃね?
そう思って、さっと風呂場に入ると、急いで浴槽の蓋を開けた。途端、ぶわっと広がる白い蒸気の塊。ふふん、これでどうだ!
……しかし、ガラスは一向に曇る気配がない。は?
「何で曇んねーんだよ!?」
「曇り防止加工の特注品だ。曇ったら景観が楽しめないだろ」
「要らねーよ!! 部屋風呂に景観なんて!! 露天風呂じゃあるめーし!!」
おのれ……! 確かに、外部に面したガラス部分から見える眼下の街のイルミネーションと、星の疎らな半月の夜空は憎たらしい程に綺麗だ。一人ならゆっくり湯船に漬かりながら、ワインを片手に夜景を楽しむのもいいだろうさ。一人ならな!
てか、九重こっち見てんのか? ハッとなって、振り返る。九重はリビングのソファに座して、何かの本に目を落としていた。あ、なんだ見てねえ。ホッと胸を撫で下ろす。今の内に洗っちまお。
シャワーを出して、まずは洗髪。シャンプーから。目を閉じて指でワシャワシャ髪を洗っていると、ふと背後から視線を感じた気がして、背筋に悪寒が走った。
バッと振り向く。九重は相変わらず本を読んでいた。……気のせい、か? やべぇな、オレ意識しすぎ。
苦笑してシャンプーを流し、次にリンスで同じ行程に入る。やっぱり、目を閉じてると背中に視線を感じる気がする。突き刺さるような、鋭くて、熱い視線。背筋がゾクリとした。振り向く。やっぱり九重は本を見ている。
釈然としない気持ちで再度顔を戻し、眼前の鏡に向き直ったその時――鏡面越しに、九重とバッチリ目が合った。
「おまっ……やっぱ見てんじゃねえか!!」
「バレたか」
愉しげに笑う九重。全く悪びれねえ! オレは慌てて手で前を隠しながら、勢いよく湯船に飛び込んだ。
「あ、おい。身体洗う前に浴槽に浸かるな」
「お前! ゲイじゃねーんだろ!? 男の裸なんか見て楽しーのかよ!?」
「いや、俺は野郎の裸体には興味無い」
「じゃあ、何で!!」
「俺が好きなのは、お前の嫌がる顔だ」
このド鬼畜ヤロー!! 物凄い良い笑顔で言いやがった!!
「身体は洗わないのか? 花鏡」
「お前があっち向くまで、湯船から出ない!!」
「ふぅん?」
何か企むような九重の表情。次に奴は、こんなことを言い出した。
「一人じゃ身体も洗えないのか。仕方のない奴だな」
「は?」
つかつかと迷いのない足取りでこっちの方にやって来ると、九重は脱衣所を経由してオレの居る風呂場にまで入ってきた。着衣のままだ。
「なっ、何で入ってくんだよ!?」
狼狽えるオレの腕を掴んで、九重はオレを浴槽から引っ張り上げた。瞬間、横抱きに抱えられ、風呂マットの上に下ろされる。自分の服が濡れるのも厭わずの強行突破だ。
「甘えん坊のトキ坊っちゃんは、自分じゃ身体が洗えないようだからな。――俺が手伝ってやるよ」
「はぁあ!?」
むりむりむり! 何言ってんだ⁉ 慌てて立ち上がろうとするも、肩を掴んで押し戻される。
「逃げるな。画像ばら撒くぞ」
分かりやすい脅し文句。引き攣るオレの表情筋。
「あ、洗うだけ……なんだろうな?」
「洗うだけだ、誓って」
全く信用ならねえ!! 前回だって、似たようなこと言って全然〝だけ〟じゃなかったし!!
次の瞬間、九重がボディソープを自らの手に数プッシュしたのを目の当たりにし、オレはギョッとした。
「おい! スポンジあんだろ!? 何で素手!?」
「この方がお前が嫌がるだろう」
その通りだ、ちくしょう!!
掌で泡立たせて、準備完了すると早速九重の手がオレの方へと伸びてきた。反射的に身構える。せめて背を向けて縮こまると、耳元で九重がクスクス笑った。吐息が耳朶を震わせる。
「そんなに緊張するな」
するに決まってるだろ……。
「め、メガネ! そうだお前、メガネ外したらどうだ? 曇るだろ?」
そしたら、ぼやけてオレのこともよく見えなくなるんじゃねーか? なんて思ったが、甘かった。
「曇り防止加工の特注品だ」
「そんな気はしたよ!! ……ぁっ」
叫びの最後は、情けない声に変わった。九重の手が、するりとオレの首筋を撫でた。ほくろの所。当のオレでさえ知らなかったそこを、優しく拭う。「後で」――夕食の準備をしながら吐いた自分の言葉を思い出して、改めて身体が熱を持った。
……違う、オレは。別にこうなることを期待してたわけじゃ、ない。
九重の手は、鎖骨を丁寧に撫でてから後ろへ戻ると、するすると背中へ下降していく。ぬるりとした掌の感触に、ぞわっと背筋が反る。こそばゆさに息を詰めて耐えていると、今度はその手が胸元に滑ってきた。
「……っ」
声が出そうになって、慌てて自分の口元に手をやる。九重の手は、オレの胸元の突起スレスレの部分を何度も行き交った。わざと触れないようにしているのか、傍を通る度そこを意識してしまって、徐々に感覚が研ぎ澄まされていく。焦れったさに抗議するように、そこは存在を主張し始めた。――触れられてもいないのに。
ピンと勃ち上がって震える自分の鴇 色の乳首から目を逸らして、オレは弱々しく訴えた。
「……胸 、もういいだろ」
いつまで同じとこ洗ってんだよ。しつけーよ。……そういう意味で言ったのに、九重は「そうだな」と返した直後、いきなりオレの膨らんだ両の尖端を指先で押し潰した。
「あ……っ!」
大きな声が漏れた。身体に電流が走った。鋭敏になっていた神経に与えられた突然の刺激に、強い快楽を感じて目眩がした。
乱れた呼気もそのままに、オレは九重の方を振り向いて睨んだ。
「あ、洗うだけって!」
「洗ってるだけだろ? 一応お前に遠慮してそこは避けてたけど、お前がいいって言うから」
「ちがっ……」
文句の言葉は、途中から喘鳴に呑まれる。九重は今度は突起ばかりを執拗に責め始めた。あくまで洗っているだけ――そう主張するように、抓りはせずに。優しく、ぬるぬると、指の腹で撫で回す。肌の上で泡がぱちんと爆ぜた。ぞわぞわっと腰が浮いて、オレは慌てて奴の手を掴んだ。
「も、もういい! 後は、自分で洗う!」
「分かった」
予想外にあっさり了承されたので、オレは虚を衝かれて九重の顔をまじまじと見上げた。
「じゃあ、後は自分で洗えよ。ただし、スポンジ禁止。……ちゃんと洗えてるか、見ててやるよ」
「へ? こ、ここで?」
「ここで」
「見てる」――その宣言通りに、九重の琥珀色の瞳は、じっとオレを捉えて離さなかった。
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