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3-2 増えていく秘密

 タカの鋭い指摘に、オレはすぐには答えられなかった。  昨日、何処にって……言える訳ねーだろ! 半ば拉致されてタワマンに連れてかれて、強制的に九重と一緒に住むことになった、なんて!  答えあぐねている内に、タカの表情には疑念の色が濃くなっていく。 「トキ?」 「あ、あー……いや、居たぜ? オレ、部屋に。うん、そうだ。確か、寝てたんだ! 前の日も動画で夜更かししてたじゃん? で、死んだように寝ちまって……呼び鈴でも全く起きなかったんだな! 悪い、タカ。気付かなくって!」  あはははは……我ながら乾いた笑みしか出ねえ。やべえ、タカめっちゃ見てくる。真贋見極めるような目付きで、めっちゃ見てくる。冷や汗が誤魔化しきれねーぞ、これ!  話題を変えようと、咄嗟に思い付いたものを口にする。 「あ、そういやタカ! あのさ、お前……今風呂で、穴って洗ってるか?」  しかし、それは選択ミスだったとすぐに悟る。 「穴?」聞き返したタカの眉が怪訝げに顰められた。ああ、こんな説明しにくいこと訊いてどうする、オレ! 「あ、いや……あの……風呂場の、排水溝? どのくらいの周期で洗うのか迷うよな、アレ!」  空笑いしつつ、遂に居た堪れずに目を逸らした。顔にタカの視線が突き刺さる。 「トキ、やっぱりお前何か――」  そこで予鈴に助けられた。宵櫻(よいえい)のチャイムは、一般的なキンコンカンのアレじゃなくて、オシャレなオルゴールだ。ピンポロポロンと軽快に鳴り響く音楽に、オレの心も踊った。 「やべ、先生来る! 座ろーぜ、タカ! 一限何だっけ、英語か? タカ、宿題やったか?」 「あ、ああ」  不満そうなタカをぐいぐい押して、教室内に押し込んでいく。ふぅ、危ねぇ危ねぇ。タカ、勘鋭過ぎねえ? こりゃ、もっと気を付けないとな。  その後、三限までは何事もなく無事に終わった。問題が発生したのは、四限目――体育の授業の前だった。    ◆◇◆  クラスメイト達が体操服に着替えていく中、オレは自席で固まっていた。(ちなみに、女子は更衣室。男子には更衣室が存在しないから教室で着替える手筈になっている)  タカが着替えながら、心配げに声を掛けてくる。 「どうした? トキ。着替えないのか? まさか、体操着忘れたのか?」 「いや、体操着はあるん……だけどさ」  何か……昨日一昨日ののせいで、皆の前で着替えるのが妙に躊躇われる。思わず、九重の方をチラ見した。奴はしれっと、もう体操服に着替え終えていた。相変わらず隙がねえな。お前のせいでオレがこんなんなってるってのに……。恨みがましく思ったところで、タカがオレの視線を追っていることに遅れて気が付いた。ハッとしてすぐに九重から視線を外す。  ダメだ、あんまりモタモタしてたら余計に怪しまれる。オレは意を決して制服を脱ぎ始めた。何故だか周りから見られている気がしてしまう。落ち着け、誰も見てねーって。同性の身体なんて。  シャツの(ぼたん)を外して前をはだけたところで、ギョッとした。うわ、乳首! 視線を意識して緊張し過ぎたせいか、勃ってる! 最悪!  慌てて体操服の上を被る。そこでワイシャツの袖を脱ぎ忘れてたことに気づき、体操服の中でモゴモゴして引き抜いた。変な着方をしたせいで、タカがめっちゃ不思議そうにこっちを見てる。  あああ、見ないでくれ、タカ。つか、薄い体操用のランニングシャツ一枚じゃ、乳首の隆起が丸分かりだ! しかも、白なんだよ、これ。うっすら鴇色が透けてんじゃねえか! ……明日から肌着来てこよう。  気付かれてねーよな? と内心ハラハラしつつ、さりげなく手で胸元を隠し隠し、せめて下はさっさと着替えた。ったく、着替えるだけで一大事だ。 「待たせたな、タカ! 行こうぜ!」  努めて明るく告げて、校庭への移動を促した。歩き始めてすぐ、違和感が襲う。……くっ、動く度、乳首……擦れる! 焦れったいような布の刺激に、余計に胸元の突起が固くなる。吐息が熱くなる。どうしたんだよ、オレ。前まではこんなん全然気にもしたことなかっただろ。九重が……九重が変な風に、弄るから……。タカに変に思われる。 普通にしなきゃ、普通に――。  直後、首筋にするりと誰かの手が触れた。 「ゎひゃっ!?」  反射的に甲高い声が出た。慌てて振り返る。タカが驚いた顔でオレを見ていた。触れたのはタカの手だったんだ。 「ビ、ビックリした。なんだよ、タカ」 「悪い……何かそこ、赤くなってたから」  ――赤く?  言われて、ハッとする。そうだ、昨日……項のほくろを九重にしつこく吸われたんだ。え? まさか痕になってる? マジかよ! 「むっ虫に喰われたかな! もう夏だもんな! 蚊取り線香、そろそろ出さなきゃな!」  くっそ、九重!! 許さん!! タカはやっぱり得心がいかないって顔してる。どうするよ、これ……。  内心滝汗モードのオレに、タカは別の質問を重ねてきた。 「リストバンド、着けたまま体育出るのか?」  そう、両手首のそれ。まだ一昨日の縄拘束で出来た擦過傷と痣の痕が残ってる。そんなすぐに消えるもんじゃない。これも恨んでんぞ、九重……。オレ一応モデルなのに……。それはともかく。 「ああ、まぁ。リストバンドって本来スポーツ用品じゃん? 鬼松も許すっしょ」  これは問題ないだろう。そう思ったのに、タカはそれでも思案顔だ。 「やっぱり、トキ。お前何か隠してるだろ。そのリストバンドの下……本当に何も無いのか?」  ギクドキッ! 「な、何もねーって、本当! 何があるってんだよ! 須崎が掴んだ後も、ちゃんと確認したろ⁉」  名を呼ばれて、後ろを歩いていた須崎御一行が、不機嫌そうにこっちを見た。 「あぁ? まだそのこと言ってんのかよ。文句あんならハッキリ言えや」 「いや、文句なんて」 「コイツ、当て付けみてーにあれからリストバンドなんて付けてるよな」 「そうだそうだ! 須崎さんが掴んだからって、あれっぽっちでどうにかなる訳ねーだろ! イヤミかよ!」  取り巻きーズが一斉に煽り立てる。廊下を行く他クラスの生徒達まで何事かと注目し始めた。やべえ、変な流れになってきた。 「ムカつくな。外せよ、それ!」  次の瞬間、須崎に腕を掴まれた。急な行動にタカも反応しきれなかったようで、傍で息を呑む気配が伝わってくる。須崎は、オレの右手首のリストバンドに指を掛け、外しに掛かった。 「やめっ……!」  軽く捲り上げられた布。――その下の光景を目にして、須崎は虚を衝かれたように凍り付いた。

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