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3-7 昨日の敵は、今日の友?
ふと気になって、訊いてみた。
「須崎って、バイトはしてるのか?」
「……クビんなった」
「えっ」
「目つきが悪りぃとか、言葉遣いがなってねーとか」
「あー……」
その様が容易に想像出来た。やっぱ基本属性はワル寄りなんだよな、須崎って。面相が強 いせいもあんだろうけど。
オレは少し考えて、提案してみた。
「須崎、ギャルソンやんね? オレのバイト先、喫茶店 なんだけど。良ければ店長に紹介するぞ」
「ギャル……? いや、無理だろ接客業は。俺の話聞いてたか?」
「そうかぁ? お前、弟妹達の前では良い顔で笑うじゃん。お客さん皆、弟妹だと思えばいいんだよ。それならいけるんじゃね?」
「そう、か?」
「おう! オレは好きだぞ、お前の笑顔」
力強く肯定の意を示したら、須崎は虚を衝かれたような顔をして、それから手で顔を覆い、深い溜息を吐いた。うん? やっぱ接客業イヤなのか?
「それでさ、弟妹達の給食費はとりあえずオレが立て替えとくから、須崎のバイト代で少しずつ返して貰うって感じでどうだ? それなら健全だろ?」
手を下げて、須崎がパッとこちらを見る。
「は? お前は……いいのか? あの件なら、もう弁当でってことになっただろ?」
「だって、須崎困ってるんだろ? だったら、出来る限り力になるぞ。オレ達もう、ダチじゃん?」
呆気に取られたような表情の須崎に、ニカッと笑い掛けてやる。すると須崎は再び顔に手をやり、溜息を零した。
「本当、お前って……」
「〝お人好し〟って言いたいんだろ? はいはい、それはもう分かったっつの」
頬を膨らませて抗議するオレ。須崎は思案するような間の後、「考えとく」と前向きな返事をくれた。
とにかく、これで脅迫の件も一件落着だ。須崎が意外と良い奴で良かった。コイツがオレや九重のことを嫌ってたのって、てっきり不良だから優等生が嫌いなんだと思ってたけど(オレだって、成績は良い方なんだからな!)……たぶんオレ達の実家が金持ちだから、だったんだろな。
須崎の家庭環境は、もう少し何とかしてやりてーところだけど……。DVオヤジの元に奥さんただ連れ戻しただけじゃ、何も問題解決しねーし。下手に行政を通したら弟妹達が施設送りになりかねねーよな。難しいな……。
オレが内心でうんうん唸っていると、不意に須崎が話を振ってきた。
「お前のその……リストバンドの下」
「へっ⁉」
急にその話題に触れられるとは思ってなかった。反射的にびくりと肩が跳ねる。見ると、須崎の慎重な瞳とかち合った。
「誰かに何か……されてるのか? 嫌なこととか、無理に」
「あー……いや、別に?」
視線が泳いだのを、須崎は見逃さなかった。
「お前、嘘が下手だって言われるだろ」
……言われるな。
返答に困って目を逸らしたまま黙していると、須崎が質 す。
「――誰だ?」
怒気を孕んだ、低く唸るような、不穏な声音。
「誰に何をされた? そんな奴、俺がぶっ飛ばしてやるよ」
――本気だ。目を見れば分かる。須崎はオレの為に、本気で怒ってくれているんだ。何だか胸が塞がれる想いがした。
思わず、苦笑が漏れる。
「いや……そんなことしたら、お前まで酷い目に遭わされるかもしんないじゃん。だから、いいよ」
「俺は」
「弟妹達のことも、巻き込みたくないだろ?」
「っ……」
卑怯な言い方だ。須崎が言葉に詰まる。――そうだよ。それでいい。
「オレは大丈夫だ。別に、殺される訳じゃない」
「っでも!」
「気持ちは嬉しいよ。すっげぇ嬉しい。だからこそ、巻き込みたくない。……ありがとな、須崎」
せめて、それだけは伝わるようにと、オレは心からの笑みを浮かべて応えた。須崎は暫くの間拳を握りしめて俯いていたけど、やがて静かに口を開いた。
「……行くのか? これから、そいつの所に」
「まぁ、な」
次の瞬間、腕を掴まれた。……強い力。驚いて見上げると、須崎は苦しげな顔をしていた。
「――行くな」
息を呑む。目を丸くするオレに、須崎は告げる。
「そんな奴の所になんか、行くなよ。嫌なこと、されるんだろ」
強い瞳。思わず気圧される程、真剣な表情。数瞬、沈黙が差した。だけど、答えは決まっている。
「……ごめん、須崎。でもオレ、行くよ」
「なんでっ」
「たぶん今頃、アイツも腹空かせて待ってるんじゃねーかと思うから」
――だからオレ、行くよ。
「何だよ、それ……お前って、本当……」
呆れたような、須崎の文言。うん、オレも自分に呆れてる。でも、何か……放っとけないんだよな。九重のことも。
やんわりと須崎の手を振りほどいて、オレは改めて笑み掛けた。心配しなくていい、そう告げる代わりに、精一杯に明るい表情 で。
「じゃあ、また明日。学校でな! バイトのこと、ちゃんと考えとけよ!」
須崎はまだ何か言いたげだったけど、結局言葉を呑み込んで、「おう」と力なく頷いて返した。
◆◇◆
その後、車田のおっちゃんに迎えに来て貰って、九重のタワマンに着いた頃には、もう夜の七時を回っていた。
……やべぇな。メッセージの感じだと、めっちゃ怒ってそうだったよな。とりあえず、遅くなったから出来合いの弁当二人分買ってきたけど、アイツ食うかな。食に興味無い奴だから、たぶんまだ食ってないと思うんだよな。
エレベーターで上がり、通路の先。渡されていた合鍵を差し込む前に、不意にドアが向こうからスッと開かれた。驚くオレを、内部から伸びてきた手がぐいと掴んで引きずり込む。
「――遅い」
低気圧に覆われた家主様の一言だ。オレが何か言うより先に九重はオレの額に手を当て、「熱はないみたいだな」と確認して小さく息を吐いた。
え、なんだよ。もしかして、心配してくれてたりしたのか? そわっと浮き上がりかけたオレだったが、生憎 コイツはそんなに甘くない。
「まさか、仮病か? ……いや、でも四限の終わりには確かに具合悪そうに見えたしな」
鋭い指摘。一瞬ギクリとした。嘘が下手だと言われたばかりのオレだが、ここは頑張るしかない。
「あー……何か、風邪ってより、貧血? だったみたいでさ。時間経ったら良くなったんだよな。今はもうすっかり元気だ、うん」
九重がじっと見てくる。やめろ、あんま見んな。綻びが出る。でも九重は、「短い期間で気絶させ過ぎたか?」と自問調で呟いたので、何とか誤魔化せたっぽい。
内心ホッとしていると、「今は、もう大丈夫なんだな?」と念を押すように問われたので、「おうよ! バリバリだ!」って、鼻息荒く肯定しといた。――次の瞬間、ガチャリと首に何かを掛けられた。
「は? ……え?」
何だ? 首に嵌められたその何かを掴む。硬い皮と、金属の冷たい感触。玄関に置かれた姿見に目をやると、それは――。
「く、首輪?」
赤い皮製の太い首輪だった。ご丁寧に中央の金属製の肉球型プレートには、〝トキ〟と名が入れられ、散歩用のリードまで付いている。リードの先を手にした九重が、したり顔で笑った。
「プレゼントだ。気に入ったか?」
「はぁ? いや、要らねえよ、こんなの!」
直後、リードを引っ張られ、首の後ろの圧迫に唸る羽目になった。
「今日は体調不良なようだから、許そうかと思っていたが……〝もう大丈夫〟なら、遠慮する必要も無いな?」
「許すって、な、何をだよ」
怯むオレ。果たして九重は、こう告げた。
「決まってるだろ? お前はどうやら、まだ自分の立場をちゃんと理解出来ていないみたいだからな。……躾だ。誰が飼い主が、たっぷり身体に教え込んでやるよ」
ぐっと再びリードが引かれ、嫌でも距離を詰められる。半ば屈む形となったオレを上から見下ろすようにして、九重は恐ろしい程に艶やかに微笑んだ。
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