25 / 94
3-8 躾という名のお仕置きタイム ◆
「い、いやじょ、冗談だろ?」
引き攣るオレの笑み。九重は相変わらず無駄に綺麗な顔で笑い掛けては、オレの淡い希望を粉砕する。
「服を脱いで、その場で四つん這いになれ」
「……はぁあ!?」
「服を着て二本足で立つ犬が居るか?」
「いや、服を着た犬なら居るだろ!? てか、犬じゃねえ!! ……ぐっ!?」
またしてもリードが強く引かれた。瞬間、首の締まる感覚に息を詰める。戦くオレを酷薄な瞳で見下ろして、九重は容赦なく告げた。
「口答えするな。犬は主人に忠実な生き物だろ?」
だから、犬じゃねえし! ……って、言ってやりたいところだけど、痛い目見るのが分かっているので、ぐっと堪えた。九重は少し考えるように顎に手をやり、
「でも、そうだな。確かに服を着た犬は居るな。なら、シャツ一枚は許す」
僅かな恩赦が出た。
有無を言わさぬ九重の猛禽類のような瞳に促され、オレは靴を脱いで玄関に上がると、渋々荷物をその場に置いた。……ああ、弁当。冷めちまう。
萎れた気分で、脱衣に取り掛かる。ジャージの上下を畳んで置き、リストバンド、靴下、ショートパンツ、下着と順番に剥いでいく。ランニングシャツの裾のお陰で、尻はギリギリ隠れるようだ。何だかんだありがたい恩赦だった。
「わざわざ畳むの、お行儀の良いことだな」
九重のイヤミが飛んでくる。うるせえ、そのまま置いたらシワになるだろ? ……と思うに留めて、やはり口には出さない。
九重はシャツ一枚で所在なげに立つオレを、じろじろと見据えてから不思議そうに首を傾げた。
「……そのシャツ、体育の時より何か伸びてないか?」
心当たりにハッとする。須崎と取っ組み合いになった時だ。そういや、若干襟ぐりが広がってて、鎖骨が全開、肩まで落ちてきてる。ずっと上にジャージ着てたから気付かなかった。
「あー……保健室での寝相、かな?」
「お前、寝相は悪くなかった筈だろ」
「ぐ、具合が悪かったから魘 されたんだよ」
「ふぅん?」
九重の疑り深い視線が突き刺さる。内心ヒヤヒヤしたオレだったが、その後「まぁ、いい」と追及を免れてホッとした。
しかし、続いた奴の言葉に苦い顔になる。
「何してる。早く四つん這いになれ」
……やっぱ、なんなきゃダメなのか。渋々、廊下の床に膝立ちになり、手を着いた。裾が持ち上がり、隠れていた尻が半ばはみ出したのか、やたらスースーする。てか、首元がビロンビロンになってるせいで、前からこれ色々見えてるんじゃ……。
意識したら、背筋がぞわぞわした。紛らわすように声を出す。
「……これで、いいかよ」
九重の返答は、「まだだ」……そう言われる気もしてた。
一体この上何させる気だよ? チラリと窺うと、九重は玄関のコンソールテーブルの上に置かれた紙袋から、何やら取り出して見せた。(どうやら、この首輪もそこから出したっぽい)ふわふわの狐色をした、垂れ下がった犬耳の……カチューシャ?
「犬なら、ちゃんと犬らしくしないとな」
「コスプレ大会かよ」
でも、ちょっと安心した。なんだ、そんだけか。動物耳カチューシャくらい、撮影でも普通に着けるし? 何なら遊園地とかで進んで着ける程度には慣れ親しんでる。
オレが恥ずかしがるとでも思ったのか? 当てが外れたな、九重!(ふんす)
「着けてやるから、動くな」
そう言って、九重はオレの傍に屈み込んだ。それから、まるで本当に愛犬を愛でるように、優しく見つめてオレの頭を撫ぜる。
何だか照れ臭くなり、目を伏せた。九重の指先がそっとオレの髪を梳き、耳に掛ける。触れる手のこそばゆさに小さく息を詰めながら、待つこと数秒。やがて九重によって、犬耳カチューシャの装着が成された。
「なかなか似合ってるぞ。鏡見るか?」
「……見ない」
で、何だよ? お得意の写真撮影でもすんのか? そう思っていると、九重は予想外の発言をした。
「次は尻尾だな」
――尻尾?
見上げた視界に映り込んだのは、例の紙袋から耳と同色のふさふさの長い毛束を取り出す九重の様子だった。尻尾と思しきその物体を、九重はオレに見せつけるように眼前に示した。
毛束の根元には、何やら大きめのパチンコ玉みたいなものが幾つも連なってぶら下がっている。その部分をズボンとかに挟み込むようになってんのかな。……でも。
「ズボンも下着もねーのに、どうやって着けんだよ、それ」
「決まっているだろ。穴に挿れるんだよ」
――は? 穴に? ……って、まさか。
昨日の風呂場の例から理解した瞬間、一気に血の気が引いた。
「いや、いやいやいや! 嘘だろ!? 入る訳ねーじゃん!! そんなの!!」
「大丈夫だ。一番細いやつにしたから」
「そういう問題じゃねーし!? てか、何でそんなツブツブ沢山付いてんだよ、それ!? そんなに必要か!? 留め具にしちゃ多くね!?」
「外れにくくする為だ」
「絶対嘘だ!! 何か絶対違う目的と理由だ!!」
怯えて喚くオレに、九重は容赦ない。
「いいから、尻を向けろ」
「いやだ!! そればっかりは、ぜってーイヤだ!!」
ズザザッと、壁際に後ずさりして尻を隠そうとするオレ。だけど、すぐに首輪のリードをぐんと引かれて前方につんのめった。
「ぎゃんっ!?」
「聞き分けのない犬だな。やはり躾が必要だ」
「ってめ、九重!! あんま痕残るようなことすんなよ!! 縄痕といい……そうだ、お前! 項にも痕付けただろ!? タカに不審がられたんだからな!? つーか、オレ!! 一応読モだぞ!? 撮影に差支えるだろが!!」
「雑誌の撮影なら先週撮り終えたばかりで、確か暫くは予定無かった筈だろ」
何で把握してんだよ!?
「さて……尻を出せ。言うこと聞けないなら、あの画像ばら撒くぞ?」
ぐぉおおおっ!!
話を長引かせて何とか逃れようというオレの作戦も虚しく、お定まりの脅迫が降ってくる。こうなったらもう、オレに逃げ道はない。正に断腸の想いで再び四つん這いのポーズを取ると、九重の方にそろそろと後ろを向けた。
前面は前面で恥ずかったが、後ろ向きは更にめちゃくちゃに恥ずい。加えて、九重の動向が見えなくて怖いので、ついつい首を振り向けてしまう。
九重は、震えるオレの腰を左手で掴んだ。反射的にびくりと背中が反り、鼓動がいやに速くなる。恐怖と羞恥と屈辱でぐるぐるになったオレの目にわざと見せつけるように、九重は次に、右手に持った例のブツに舌を這わせ始めた。
ちろりと赤く肉厚な舌で、唾液を滴らせながらツブツブの表面を舐 っていく。それは酷く淫猥で、妖艶な光景だった。
知らず、ごくりと喉元のものを嚥下して、目を奪われる。緊張に全身が強ばり、熱が上がっていく。やがて、九重はその作業を終えると、つとオレの方を見た。視線がかち合い、瞬時に衝動が駆け巡る。
「さて……それじゃあ、行くぞ」
宣言後、腰を押さえていた九重の左手が臀部を撫でるように滑っていき、指先でオレの尻たぶを広げて穴を露出させた。
外気の冷たさと注がれる視線に身震いした刹那、入口に――いや、入口って何だよ、そこ本来出口だろ――ツブツブの先端が押し当てられる。
冷たく硬く、ぬるりとした感触。ぞわっと、全身の毛が逆立った。
「こ、九重っやっぱ、やめ……ッ」
言葉の最後は、悲鳴に変わった。
ともだちにシェアしよう!