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3-9 愛玩犬とボール遊び ◆
「ひっ!?」
閉じた入口を押し広げて、球体のそれが内部に侵入してきた。ずぷん、と一塊呑み飲んで、入口が再びギュッと閉まる。
訪れた痛みと異物感に息を切らし、思わず目を瞑った。
「まずは、一つめ」
後ろから九重が言う。何の数なのか、何となく分かってしまった。おい、これ……嘘だろ、まだ続くのかよ……。
オレが怖気付いている間に、すぐさま二つめの球体が同じように入口をノックする。漏れそうになった声を喉を詰めて押し殺し、顔を前方に戻すと、床に爪を立てて続く挿入に耐えた。
広がり、締まる。広がり、締まる。ツブツブの数だけ、何度もそれが続いた。
しかも、その度に内部の球体がどんどん奥に進んでくる。内壁を、丸くゴツゴツとした硬い感触が抉りながら進行する。九重の指とは、また全然違う感覚。
「ぐっ、ぅう……っ」
増していく圧迫感に呻いた。苦しい。じとりとした汗で、床に着いた手足が滑りそうになる。
まだかよ!? まだ終わんないのかよ!?
祈るような気持ちでひたすら堪えていると、やがて、九重が告げた。
「これで、最後だ」
宣言の直後、走った衝撃に短い悲鳴を上げた。根元まで押し込まれた途端、一番最初の球体が奥の変な場所に当たり、目の奥に星が散った。
「ほら、全部入ったぞ。頑張ったな」
九重がよしよしと労うように、オレの尻を撫でる。いや、頭じゃなくて何で尻? ってツッコむ余裕もない。そのまま九重は、位置を調節するように、ぐりぐりと尻尾の根元を動かした。
「や、めろ! それ、動かす……な!」
さっきから、奥、変なとこ、コツコツと……!
身体を支える腕から力が抜けて、床に伏せた。〝尻尾〟を掴まれているから腰を下げることは出来ず、尻だけ突き出すように上げた形になる。土下座みたいな、無様なポーズ。
オレの懇願を聞いた訳じゃないだろうけど、九重は手を離したらしい。内部の動きが止んで、一先ずホッと息を吐いた。――のも束の間。
「いや、やっぱ曲がってるな。挿れ直すか」
不穏な言葉と同時に、いきなり尻尾を引き抜かれた。
「ぁああ――ッ!?」
内壁ごと、持っていかれる感覚。ぼこん、ぼこんと穴からボールが排出されていく。目眩がする程の強い快楽。それが玉の数だけ連続して訪れ、最後の一つがすぽんと抜け出た頃には、オレの腰は最早ガクガクと震えていた。
ぱたぱた、床に水滴が散る音。汗だろうか。乱れた呼吸。酸素を求めて喘いでいると、休む間もなく今度は再び球体が入口に押し込まれた。さっきみたいに慎重に一つずつではなく、一気に奥まで。
再度悲鳴を上げ、自身の爪が突き刺さるほど、強く拳を握り締めた。だけど、それで終わりじゃなかった。
「もう少し、こっちだな」
「!? やぁっ!! も、やだ!!」
九重はまたも尻尾の根元を持って、内部をぐりぐりと掻き回す。堪らず逃げ出そうと腕に力を篭めるも、それを見て取った九重に左手で腰を掴まれ、引き留められた。
「逃げるな」
引き抜かれる。途中でまた押し込まれる。ずぽずぽと、何度も。次第にそれが加速していく。オレはもう、自分が叫んでいるのかどうかも分からなくなった。ただひたすらに抽挿に耐えていると、その内に大きな波が押し寄せてくる。
強い射精感。直後、床にぶちまけた生命の雫。ドクドクとろとろ、フローリングに広がっていく。
引きつけを起こしたみたいに、ビクビクと痙攣する身体。全身が汗に塗 れ、シャツが肌に張り付く。朦朧とする意識の中、九重の声が何処か遠くに響いた。
「前には触れてもいないのに、もう中だけでイけるようになったのか。いい子だな、〝トキ〟」
そう言って、やっぱりオレの尻を撫でる九重。そんなん褒められても、なんも嬉しくねー……。
「だけど、床を汚したな。犬らしく這いつくばって、舐めて綺麗にしろ……と言いたいところだが、流石に腹でも壊されたら面倒だしな」
「来い」とリードを引かれて、顔を上げた。
「このまま、リビングまでお散歩だ」
このまま……って、尻尾、入れたままで? てか、
「荷物……」
玄関に置いたままの、オレの鞄に目を遣る。
「そんなもの、後ででいい」
「でも」
「返事は〝ワン〟だろう。行くぞ」
ぐんと首輪が引っ張られる。待て、待ってくれ。だって、
「弁当っ……弁当が」
「弁当?」
「お前、まだ何も食ってねーと思って……」
オレの言葉を確かめるように、九重はリードから手を放すと、オレの鞄の中身を探る。そして、すぐにそれを見つけ出した。
「……二つあるようだが」
「一つは、オレの分」
「食べて来なかったのか?」
「お前が……待ってると思って」
一緒に食べようと思って。なのに、こんな……。
思うと、無性に悲しくなってきた。
「弁当……冷めちまうよォ」
泣いた。ぼろ泣きした。
なんだよぉ、九重のバカヤロー……こんなことなら、須崎の言う通り、帰るんじゃなかった!
お前なんか、一人で飢え死にでもしてろ! バカ!
ふわりと、突然身体が温もりに包まれた。九重に抱き締められたのだと、遅れて気が付く。
驚いて泣き止むと、九重は親身な声音で囁いた。
「……分かった。悪かった」
――謝った。九重が。優等生モードじゃない時に。
「お前はお前なりに、一応俺のことも考えてはいたんだな。それに免じて、今日はもうこれ以上虐めない」
「……ほんとに?」
至近距離にある九重の顔をキョトンと見上げる。九重は、涙でぼろぼろになったオレの目元を指先でそっと拭い、そこにキスを落とした。瞼に触れる、唇の優しい感触。
「ああ。ただし、次に主人である俺よりも他者を優先するようなことがあれば、今度はもっとキツいお仕置きをするからな」
……それはヤダ。
てかお前、もしかしてそれで拗ねてたのか? 本当、子供みたいな奴だな。
「花鏡……一緒に弁当、食べてくれるか?」
改めて、九重がオレに訊いた。珍しく、下手に出た誘い方で。オレは泣き腫らした目をぱちくりさせた後に、仕方ねーな、と小さく息を吐いた。
――最後には何だかんだ優しいの、ズルい。
そう、恨めしく思いながら。
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