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4-4 生徒会役員、初顔合わせ

 それでひとまず、タカとのハラハラ会話も終えたかと思いきや、 「トキ、今日はアクセサリー付けてきたんだな」  今度はそこだった。そう、本日オレは、首輪痕を誤魔化す為にチョーカーをしている。アクセサリーだから、下手したら鬼松に没収される可能性もあるけど、チョーカーをしていた事実さえあれば、首輪痕もチョーカー痕として誤魔化せる。  正に完璧な案だと思ったのだが、タカの鋭い観察眼は偽装の綻びを捉えていた。 「リストバンドとそれ……一緒に着けるのは合わなくないか?」  それな。オレも思った。テーマがケンカしてるよな。かといって、包帯とかにしたらタカ心配すんだろ? 「そ、そっかなぁ? これはこれでアリ、かななんて思ったけど!」  くっそー、早くリストバンド外してえ!! 痣しつけええ!!  タカは相変わらず疑わしげな眼差しを向けてきたけど、とりあえずそれ以上は言及してこなかった。助け舟を出すように九重が口を挟む。 「そろそろ予鈴鳴るよ。教室に行こうか」 「あ、ああ」  これ幸いと、オレも九重の後に続いて教室の方へ向かうことにした。タカは少し考え深げに立ち止まっていたけど、すぐ傍を九重が横切った時、何かにハッとしたように目を見開いた。  その様子が何だか尋常でなく、オレは不審に思って声を掛けた。 「タカ……? どうした?」  タカはやっぱり何処か衝撃を受けたような顔のまま硬直してて、すぐには反応を寄越さなかった。数秒の間の後、ようやく喉から絞り出すようにして「いや、何でもない」とだけ返した。  ――あの時のタカの様子、やっぱ何かおかしかったよな。  何かに気が付いて、ショック受けてたみたいな……気が付いた? 何に? 何か変な事じゃなきゃいいけど……。    ◆◇◆  今日もまた、そこはかとなく不安を帯びたまま授業は進行していき、何とか無事に放課後まで漕ぎ着けた。タカもあれ以降は普通にしていたし、何かおかしく感じたのはオレの考え過ぎだったのかもな。  時折廊下ですれ違う生徒達からは今朝の痴漢の件を相変わらず揶揄されたりなんかもしたが……まぁ、それだけだ。  一大イベントはこれから――生徒会役員との初顔合わせが待っている。  やべ、ちょっと緊張するな。生徒会室に向かう前に、タカと別れの挨拶を交わした。 「じゃあタカ、また明日」 「トキ……本当に大丈夫なのか? 生徒会なんて」 「ああ、まぁ、何とかなるっしょ。どんな感じだったか、後で話すからさ」  あんま心配すんなよ。って言ってもタカのことだから、無理かもだけど。 「それじゃあ花鏡、行こうか」  九重が背に手を回して、促してくる。その瞬間、またタカの()が険しくなった。やめろ、タカを刺激すんな九重。  振り返り、タカに小さく手を振って、オレは九重に連れられるまま、初めて生徒会室を訪れることとなった。何か、気分はドナドナの仔牛だ。  生徒会室は生徒の自治云々の関係で、職員室から最も遠い場所にある。ので、職員室のある実習棟ではなく、教室棟の方に設けられている。教室棟、三階の一番奥。――そこが生徒会室だった。  何か、学園長室みたいな豪華な応接間っぽいのを想像してたけど、外観は(ほとん)ど普通の教室と変わらない。唯一『生徒会室』と掲げられたプレートだけが、その存在を主張していた。  九重がノックして中に一声掛ける。鍵はもう開いているようで、扉に手を掛けただけで入室を開始した。内部も、思ってたよりも普通だ。少し大きめの会議室とか、そんな感じ。  執務机の奥に、大きな書棚が沢山並んでいて、そのどれもが何かの資料で埋まっている。のみならず、机の上にもあれこれ雑多に置かれており、割と雑然としたイメージを受ける。あれだ、文化祭時の教室みたいな。  役員も既に二人程来ているようで、各々の配置に着いた彼らが、パッとこちらに顔を向けた。二人共、初めて見る。( にわか)に走った緊張と高揚感の中、九重が改めて口を開いた。 「やぁ、皆揃……ってはいないな」 「副会長と書記がまだです」  応じたのは女の子だった。『庶務』と書かれたプレートの席、黒髪を二つ結びのおさげにした、丸メガネの質素な印象の子。地味だけど、清楚そうでちょっと好みだ。思わずドキリとする。上履きのラインカラーは緑……一年生だな。(ちなみに、オレら二年が赤、三年が青だ) 「副会長が来ないのはいつものことだが、書記が遅いのは珍しいな。花鏡の紹介はもう少し待つか」  九重がそう提案すると、『会計』席の男子生徒が異を唱えた。 「会長、俺は反対や。こんな目立つだけのチャラついた奴を生徒会に入れるやなんて。チャラいのは副会長だけで充分やろ」  ……副会長、チャラいのか。  関西訛りのあるその男子は、そう言ってオレの方を睨んできた。焦げ茶色のぼさぼさの天パ。ノンフレームのメガネ……流石生徒会、メガネキャラが多い。(偏見)上履きカラーは赤。同級生だ。 「大丈夫だ、八雲( やくも)。こう見えて花鏡は意外と真面目だ」  こう見えてって、失礼じゃね? 「今居るメンバーは先に紹介しておくか。花鏡、こちらは『会計』の八雲 金治( きんじ)。それから、『庶務』の七瀬( ななせ) 萌絵( もえ)だ」  九重の紹介に、「よろしくお願いします」とペコリと頭を下げたのは庶務の女の子の方で、会計の男子はツンとそっぽを向いてしまった。何かオレ、あんま歓迎されてねーな。いや、オレも好きで来た訳じゃねんだけど……。 「分からないことがあったら、何でも聞いてくださいね!」  ああ、萌絵ちゃん……君は天使だな。何か名前まで可愛いし。向かい風の冷たさに震えるオレには、君の笑顔が癒しだぜ……。 「で、こちらが今日から『広報』に抜擢された――」 「すみません、遅くなりました!」  慌てたソプラノボイスと共に、生徒会室の扉が外から開かれた。皆の注目を浴びて登場した新たな人物の姿を見るや、オレは目を丸くした。 「君……!」  ミルクティーベージュの長めのショートカット。お人形さんのように愛らしい完璧な美貌の持ち主――今朝電車で見掛けた、あの子だった。

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